さて、久しぶりにカタツムリの「でんでん」と「ちゅっちゃん」の話に戻りましょう。
「カタツムリ編7 でんでんファミリーの愛に満ちた生活」でお話ししたとおり、でんでんとちゅっちゃんは愛しあい、たくさんの子供たちが生まれたのでした。
その子たちの名前は「チビでんでん」。複数なので正確には「チビでんでんズ(s)」になるのでしょうが、そこはまあご愛嬌ということで(^。^;)
でんでんファミリーは、まさに愛に満ちた生活を送っていました。しかし……。
※
愛くるしい「チビでんでん」が誕生して間もなく、父親(母親も兼ねているが)の「でんでん」の体調が悪化しはじめた。
きっと、己の中に新しい命を宿し生み出すという命のやりとりにより、かなりの体力と栄養を消耗したせいだろう。でんでんは日に日に殻に閉じこもる時間が長くなっていく。
そして、くるべき時がきてしまったのである。
今際(いまわ)の際。
不思議なことに、元気のないはずのでんでんが、グゥィーンと大きく伸びをした。
この伸びの意味を知らなかったのは私だけだった。
でんでんが呼び寄せているかのように子供たちが彼に近づいていく。もちろん愛妻のちゅっちゃんも。
私は彼らの一連の行動が不思議でならなかった。
数え切れないほどのカタツムリが、でんでんを取り囲んだのだ。
そのとき私は、この世のものとは思えない不思議な光景を目にした。
それはまさしく自然界の奇跡なのだろう……皆がでんでんにKISSをしていくのだ。
優しく。撫でるように。お礼を言うように。いつくしむように。
皆のKISSを受け終えたのち、でんでんは伸びたままダラリとなり、動かなくなった。
愛妻と子供たちに見守られながら、まるで安心したかのように。
私は思った。
「でんでんは、力尽きる前に、愛妻と子供たちに言いたかったんだろうな……。最後に『お前たちといることができて、パパは幸せだったよ』と……。ちゃんと伝わってるよ、でんでん」
それは秋の香りが漂う新月の日だった。
でんでんは、お星様になった。
「でんでん……でんでん……でんでん……」
誰しも最期はくる。
わかっていたのに。
泣きじゃくった。
でんでんは、私にとっての初めてのペットであり、かけがえのない愛そのものだった。
ちゅっちゃんは夜になっても朝になっても彼のそばから離れようとしなかった。
いつまでもでんでんの隣にいて、でんでんを見つめていた……。
不意に、彼女が一度だけでんでんの死を確かめるような仕草をした。
意を決したのか、ちゅっちゃんは夫の亡骸(なきがら)の上にちょこんと乗っかったのだ。
吸着力のなくなったでんでんの身体は、崩れ落ちるようにコロリと転がった。
彼女は死を認めざるを得なくなったのだろう。スッと身を引くように彼のそばを離れ、それ以来二度と近づこうとしなかった。
でんでんの死を境に、ちゅっちゃんは徐々に生きる力を失い食事もあまり食べなくなった。
そしてでんでんがお星様になって一週間経ったある日。
体力がなくなった彼女は、でんでんと同じように子供たちに別れを告げた。
お別れのKISSをして……。
その日は、でんでんとちゅっちゃんの最後の愛の結晶たちが孵化した日でもあった。
私にとってカタツムリの「でんでん」との出会いは偶然ではなく、私の病んだ心を癒し、何かを教えてくれるために必然的に出会ったのだと信じている。
でんでんは、いつでも必死に何かにしがみ付き、つねに上へ上へと上ることを考え、ポジティブな生活を送っていた。もちろん彼の意志を継いだ子供たちもだ。
「マヒロ、強く生きるんだ。ヘコたれても必死で何かに食らいつけ!」
今でも、空の上から、ときどきそんな声が聞こえてくる気がする。
同時に、強さだけではなく命の尊さと愛の深さも伝えてくれた。
「強いだけじゃダメだよ。周りの人に対して愛を持って接するのも大事だ」
「愛があれば、そこから何かが生まれるんだ!」と……。
愛を持ち、情熱を持つことで、そこからいとおしい命が生まれる。
「命」は、生きとし生ける存在だけを示すものではない。ときには自分の作品や成果でもあるだろう。それに触れてくれた人々の胸に生まれる“何か”でもあるだろう。
ならば、私も星の数ほど多くの「命」を生み出して生きていこう。
作品を、メッセージを、夢や希望の礎(いしずえ)になるものを。
でんでんとちゅっちゃんが多くの子孫を残したように、私も多くの「幸せ」をわが子として世の中に送りだしてやりたい。
私の仕事と人生は、そのようなものだ。

めちゃめちゃお久しぶりですって
覚えてます??ほなです。。みゆき先生の・・・
色んなもの整理してたらまひろさんの名詞発見して思わず^^
僕も、まだまだですが、その道で頑張ってますー^^
投稿: ほな | 2007年2月 8日 (木) 23:51
自分も、最後のとき愛する家族に囲まれてKISSで送り出して欲しい。
それならば普段から、優しさと愛に満ち溢れた生活を心掛けなくては・・・とは、思いますが、なかなか難しいですね。
投稿: かりポン♪(▽ ̄o)ノ≡圀 圀圀 | 2007年2月 9日 (金) 02:08
ほなさん ご無沙汰です。
そうですか!芸の道でがんばっているのですね!
自分の道を見つけて突き進める人。それは
とても素晴らしいことですよね!
これを機に、こちらのエッセイにコメントくださいね!(^_-)-☆
投稿: マヒロ | 2007年2月 9日 (金) 11:59
かりポン♪(▽ ̄o)ノ≡圀 圀圀さん
そこに「愛」を感じます!
いつも優しさと愛情に溢れて家族と接しているように見えます!
幸せを感じます!だからKISSバッチリ!(^^)v
私の最期は・・・(^_^;)
投稿: マヒロ | 2007年2月 9日 (金) 12:03
でんでんやちゅっちゃんの今際の際の行動、人が行うことと何ら変わりのない行動。
同じ生あるものなのだから不思議じゃないはずなのに、こうして話を聞くと何か神秘的で暖かい気持ちにもなります。
また、生のないものにも命や思いが宿りますよね。
マヒロさんの子供たちには、確実に命が宿っています。
メッセージ、幸せ、ちゃんと届いてますよ(⌒_⌒)
投稿: Rainy | 2007年2月 9日 (金) 17:14
Rainyさん
ほんと不思議な話でしょ~。
生の神秘を感じますよね。
でんでん家族はもうこの世にはいないですが、手に乗せて仕事をしていたあの頃が懐かしいなぁ。
今でもたまにPCしているときに、手に乗りに来てくれいる気がします。(^^♪
投稿: マヒロ | 2007年2月10日 (土) 12:36
覚えていてくれて光栄です^^
まだまだですが、その内どこかの仕事場で
お会いできる日をたのしみにしてます^^
投稿: ほな | 2007年2月11日 (日) 00:07
ほなさん
そうですね!
きっとどこかの局で、お目にかかれると思います。
そのときは気軽に声かけてくださいね!
やはり、人生、明るくポジティブに。そして目標に向って生きているときは、自然とオーラが発しられ、イキイキとそしてキラキラと輝いているものです。
投稿: マヒロ | 2007年2月11日 (日) 13:22
本当に、感動的ですね。
ウルウルきてしまいました。
でんでんのちゅっちゃんや子供達への愛。
人間と変わらない愛がそこにあります。
というかそれ以上の愛ですね。
今のマヒロさんのポジティブな人生の
原点のひとつなのかもしれませんね。
僕もそんなマヒロさんから元気を頂いています。
ありがとうございます^^
投稿: rainbowman | 2007年2月11日 (日) 22:55
rainbowmanさん
元気とハッピー配布していまーす!?(^^)v
ちゅっちゃんがでんでんの死を確認したとき、何とも言えない辛さがありました。
不思議なもので、うちの「みるく」もそうだったのですが、相方が亡くなったのを知った途端に、まったく近寄らなくなるのは、生き物の本能なのでしょうかね!?
いずれにしても、あのちゅっちゃんの悲しそうな姿、今でも忘れられません。(ToT)
投稿: マヒロ | 2007年2月12日 (月) 22:17
でんでんちゃん可愛いですね!
うちのソラ(トイプードル)はなんと今ダイエット中!プーさんみたいで可愛いです。
ところで、ほなさん元気そうですね!
ご活躍中のようで何よりです♪
今度どこかでお目にかかれること楽しみにしています。
みゆき
投稿: ソラ子 | 2007年2月13日 (火) 11:02
ソラ子さん
プーさんになった「ソラ」ちゃん。
見てみたい!!! 可愛いだろうなぁ~。
うちの「ポポ」もどうぶつのお医者様から、少しダイエットしたほうがいいと…。(^_^;)
「ほな」さん、ソラ子さんからのコメント見ましたか~?
ポジティブに、それぞれ自分の道を歩んでいきましょう~!(^^)!
投稿: マヒロ | 2007年2月13日 (火) 11:37