プロフィール
宇月田麻裕
作家・エッセイスト、開運研究家。ハッピネスファクトリー®代表(http://www.happiness-f.com/)。執筆、テレビ出演、講演、WEB企画プロデュース・監修など幅広い分野で活動。動物をはじめ、恋愛や結婚をテーマにした著作を数多く発表。著書に「心に残るペットと人との感動ドラマ」(学研)ほか。 

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2007年2月 1日 (木)
アオムシ編6 現実に飛び立っていったものは……

 さて、久しぶりに「アオムシ」のお話に戻るとしましょう。
 2006年の8月23日にyomone!「どうぶつとにらめっこ」に初めて登場した「アオムシ君」。
 このアオムシ君は、私が心身ともにどん底にいるときを一緒に過ごしました。周囲に味方がひとりもいなかった当時の私は、藁(わら)をもつかむ思いでこの子だけを頼りに生きていたのです。
 私はアオムシがやがてサナギになり美しく生まれ変わるそのときを心待ちにしていました。
 成長を見守りながら、「この子が蝶になったら、仲間を引き連れて大群で私を守り、悪い人たちを滅ぼしてくれる」と真剣に信じてやまなかったあのころ。追い詰められていた現実を離れ、私は空想の世界の中でしか生きていくすべがなかったのでした。
 そして今回のお話。アオムシ君との劇的な(?)別れをお話ししましょう。

 ※

 毎日何度も鳴り響く嫌がらせの電話のコール。悪意に満ちた玄関のベルの音。信じがたい内容が記された嫌がらせの手紙。日々、どんな罠が待ち構えているかわからない恐怖。自分の生活が、悪意ある第三者に支配される。
 そんな状況の中で、夫が栄冠を手にするという目標を実現させるために、血の滲(にじ)むような努力もしてきた。朝の8時から深夜まで夫のサポートに徹し、寝るのは毎日明け方。過労とストレスで徐々に体は蝕まれていき、心身症、心臓弁膜症、喘息、メニエル病などさまざまな病魔に悩まされた。誰も助けてはくれなかった。それでも私は彼をトップにするという目標のために、苦しみあえぐ日々の中で努力を積み重ねた。そんな私をアオムシ君は温かく見守り、唯一の味方でいてくれた。
 やがて夫は己の信じる道で世界の頂点に立った。私と夫はともに栄光をつかんだのだ。しかし周囲の人たちは、私が地獄のような毎日を送っているとは知りもしなかった。

 サナギがいよいよ羽を広げて飛び立つ日がやってきた。むごむごと動いている。
 何やら白いものが見え始めた。
「あ~、いよいよそのときが来たのね!」
 蝶がすっぽりとサナギという殻を脱ぎ捨てた。
「モンシロチョウ?」
 キレイな白色をしていた。
 でもしばらくするとその白い生物は、色を変化させ茶色になってしまった。
「あれ!?」
 違う。蝶じゃない!
 以前、私の夢の中に出てきた美しい蝶ではなかった。ワンダーランドに連れて行ってくれたあの蝶とは、あまりにも違うその姿に驚愕し、そして落胆した。

 その茶色の生物は「蛾」だったのだ。

 やがて、その蛾はほんの少しの窓の隙間からするりと出て行き、私の元を飛び立ってしまった……。
 心の支えをなくした私は、しばらく自分がどうすべきかわからなくなり、その場に立ち尽くすだけだった。どれくらい時間が経っただろうか。
 しかし
「いつしかこの子が私を救ってくれる」という思いが再び蘇ってきた。そんな些細な希望に未来をつなげるしかなかったからだ。
 だが、さらなる悲劇が私を襲うことになる。
 蛾が飛び立った後、世界の栄冠を手にした夫は、次なる世界を夢見て、いや私と共に過ごしたこの地獄のような現実と離れたくなったのだろうか。私の元から旅立った。そして残ったのは次なる地獄、借金地獄だった。

Utsukitaaomushi とうとう本当に独りぼっちになってしまった。私は蛾のように飛び立つことができずにいた。とにかく生きることに必死だった。今日のご飯を食べるために必死だった。そんな必死に生きる歳月が過ぎた。
 結局、蝶だと思い込んでいたアオムシが仲間を連れて、悪いやつらをやっつけてくれることも、私を救い出してくれることもなかった。
 しかし、手で握りつぶせるほどの小さな命が、地獄の生活の中で一筋の光となり、希望となり、私の心を救ってくれたことは、まぎれもない真実だ。
 人間は、小さな支えを見つけられたなら、一筋の光さえあれば、生きていけるのかもしれない。だから今の私がここにいる。あのときの蛾は、もしかしたら今いる未来の私の姿だったのかもしれない。アオムシ時代、サナギ時代というプロセスを踏み、美しくはないけれども見事に成長して空に羽ばたいていく。
 人も、卵→幼虫→サナギ→成長した蛾(蝶)と歩むプロセスを踏んでこそ、本物になれるのではないだろうか。
 そう定義したならば、私が過ごした地獄の日々は、私が蛾になって羽ばたいていくために必要なプロセスだった気がする。
「ありがとう、アオムシ君。いつまでもキミのことは忘れないよ(^^♪」

コメント

まひろ先生の書く文章とイラストは、
人間性を感じられて大好きです。
このイラストと文が絵本になってほしいなって、いつも思いながら読んでいます。
これからも頑張ってくださいね。

困難の渦中に一筋の光を見つけるのは難しいですね。
それを乗り越えたから今があるのですね。
明日がもっといい日でありますように。

わんこさん

はじめまして?ですよね!
いつもご愛読いただきありがとうございます。
そういっていただけると、とっても嬉しいです!
絵本になるといいですねぇ~。(^^♪
私も、占いの著書だけではなく、エッセイや絵本なども、今後はチャレンジしたいです!

かりポン さん

ほんとですよね!
私には「アオムシ」君がいたのでラッキーでした!

かりポンさんには、身近に太陽のような存在がいて、サンサンと輝いていて、いつでも幸せいっぱいですね!!!ヽ(^o^)丿

本当にいろんな意味で劇的(?)なお別れだったんですね;

でも、別れというのは必ず新たな出会いや、スタートとセットになっているものですもんね。

アオムシくんがそれに気づかせてくれて、またその小さい体で大きな温もりも与えてくれてたんですね(⌒_⌒)

Rainyさん

人生、私だけではなく、長く生きれば生きるほど、人それぞれ色んな苦労や慶びが増えていくものですよね。

たしかに別れは、新しいものへのスタートです! 別れを悲しむのではなく、これから新しい人生がスタートすると思うと、何かワクワクしてくる気が…。

Rainyさんも、慶びや悲しみ…を色々と体験されているのではないでしょうか。
それが、きっといい経験になっていることと思います。
「100万回生きた猫」のように!?

アオムシ君が蛾だったと言うところが、意味がありそうな気がしますね。

イラストも可愛いですねー。

大変な時には小さな存在にも本当に助けられますね。

そもそも蝶が美しく、蛾が醜いという感覚も全ては人間が定めた基準。しかし生命誕生の瞬間や、ひたむきに生きる姿に、この世に生きとし生けるもののどれを差別できるというのでしょう。
生きるものを平等に照らす太陽。太陽は誰にも注ぐけれど、誰かに話しかけるわけではない。自分だけの太陽(のように支えとなるもの)を持つこと。さきにマヒロさんが挙げた一筋の光、希望と呼べるものを持つことなのだと思います。

rainbowmanさん

アオムシに、あれほどまでに救いを求め、執着していたあの頃。

今、たぶんアオムシと出遭ったならば、まったく違う視点で見ているのだと思います。
時期により、人でも物でも出遭ったときの状況により、見方が変わるのも不思議なものですね。

イラストありがとうございます!(*^_^*)

枕草思さん

確かにそうですねぇ。
蛾だって、蝶と同じようなプロセスを経て誕生する。それは、蛾でも蝶でも、はたまた違う生き物でも、聖、そして神秘ですね!
彼らは、自分が「蛾」だとも知らないし「蝶」だということも知らない。
その「蛾」が、当時の私にとって太陽だったんですよね!

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