プロフィール
宇月田麻裕
作家・エッセイスト、開運研究家。ハッピネスファクトリー®代表(http://www.happiness-f.com/)。執筆、テレビ出演、講演、WEB企画プロデュース・監修など幅広い分野で活動。動物をはじめ、恋愛や結婚をテーマにした著作を数多く発表。著書に「心に残るペットと人との感動ドラマ」(学研)ほか。 

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2007年1月18日 (木)
番外編 ポポと出会ったこと

 新年のご挨拶で、初めてうちの愛息うさぎの「ポポ」を紹介しました。
 すると、「どうぶつとにらめっこ」でのコメント以外で「マヒロさんがウサギを飼っていたとは知りませんでした。ハムちゃんだけだと思っていました」というメールやメッセージがかなり届き、思いのほかの反響にビックリしました\(◎o◎)/
 ということで、少しばかりそのお話をしましょう。

Utsukitapopo_1  ウサギの「ポポ」が、我が家に来たのが2006年の7月17日。うちの子たちが我が家にやってきたり、天国に旅立つ日は、だいたい7のつく日が多い。それは自分でもビックリするくらい偶然のことだ。あえて7のつく日に迎え入れているわけではない。たまたま、7のつく日に素敵な出会いが待っているだけ。何とも不思議な話だが……。

 2005年の春。まだ、ハムスターのくるみが健在だったころ、私はいつも肩が重く、凝りが激しく首を回すことすらできない状態が続いていた。それは徐々にひどくなり、頭痛、首、左半身への激痛と震えに変わっていった。パソコンのキーを打つこともままならず、打ち合わせも同じ姿勢でいるせいか、痛み止めの薬を飲んでいても痛みが襲ってくる。
 西洋治療、東洋治療と週に何度も治療院に通った。それでも一向によくなる兆しがなく、時だけがいたずらに過ぎていった。

「私のこの身体はもう一生治らないのだろうか。この激痛と震えとともに生きていかなければならないのだろうか」

 毎日そんな不安に駆られるばかりだった。
 そんな身体をよそに、仕事は順調で数多くの連載を抱えていた。身体の限界の限り仕事をしたが、そうすることでより病気は悪化していった。
 病名は「頸椎ヘルニア」。
 よくはわからないが、首の骨3本がつぶれ歪んでいてそれが神経に突き刺さる状況だった。しかも普通の人の骨に比べて私の場合は、配置がおかしくなっており、それゆえに頭の重みをバランスよく逃がすことができずに、直接重みが体に掛かっているとのこと。

「骨自体が変なんじゃ、治りようがないじゃない」

 私は、あらゆる治療院を試してみた。
 しかし「仕事をしばらくやめるしかないですね」と言われるばかり。それに対して「え~、仕事やめたら生きていけないですよ」と答える。同じやり取りの繰り返し。
 そんな日々をハムスターの「くるみ」はなぐさめてくれていた。
 そしてくるみが亡くなってしばらく経った、2006年7月17日(くるみの話はまたあとでゆっくりお話ししましょう)。ポポが我が家にやってきたのだ。

 あるドラマから生まれた「うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ!」という有名なセリフがある。
 ポポと暮らし始めて、私はその通りだと思った。寂しいことが死の原因にこそなりはしないが、ウサギというものはかなりの寂しがり屋であることは間違いなかった。

 いつでも足に絡みついてくる。イスに座っていると、ポポが足にベッタリくっついてくる。「ねぇ~、遊んで~」と言ってくる(言葉にはしないが)。
 構ってあげないと、部屋の隅っこに行き、恨めしそうな目をして、イジけた素振りでジーっと私を見ている。
「もう~、ポポはホントに寂しがり屋だなぁ~」と言って、私はポポの頭に顔をこすり付ける。実はこんなことをしょっちゅうしている。

 とくに朝晩は仕事の手を休めて、ポポと遊ぶ時間を作る。寝る前には何時間もポポと遊ぶ。そうしているうちに、昔の私ならばぶっ続けに10時間くらいは平気でパソコンに向かい、食事もパンを片手にもう片方の手はキーを打つなんてことをしていた。多いときには徹夜を数日続けることもあった。
 しかしポポが来てからは、遊んであげないと(もしかしたら私が遊んでもらっているかも(^_^;))寂しがったり、イジけたりするので、自然と仕事の手を休める時間ができた。すると不思議なことに、あんなに苦しんでいた身体の痛みが徐々に薄れていくのを感じた。

「何て不思議なことなんだろう。もう治らないかもと悲観していたのに、激痛に苦しみ続けたのに……痛みがあまりないじゃない~」

 もしかしたら、ヘルニアを治す一番の名医はポポ!?
 私はこうして普通にキーが打てる身体に戻った。打ち合わせをしていても平気だ。無理をしなければ痛みは襲ってこない。
「ありがとう! 私のお医者様、ポポ!」

 ということで本編と少し外れて番外編でした。
 うちにいる子たちは、みんながみんな人生の師であり、名医であり、心の友である。
 もし、まだ動物と一緒に人生をともにしていないあなたは、この「どうぶつとにらめっこ」を読んでしまった縁で、一緒に生活してみてはいかがですか? 
 愛に溢れ、学べ、素晴らしい人生がそこからスタートするはずです。



2007年1月11日 (木)
ハムスター編5 ミルクと2人の生活

「今帰ったら死ぬかもしれませんよ。手術を了承してください!」
「先生、でも私にはやらなくてはいけないことがあるんです!」

 青春映画のワンシーンのような台詞だが、実は私はこのやりとりを実体験したことがある。
 もう何年も昔のことになるが、病院で緊急手術をしたことがあった。
 病気は婦人科系のもので、すでに腹中に膿が広まり、腹膜炎をも併発していた。
 当然ながら医師は緊急手術と入院を熱心に推すわけで、患者としてはそれを受けて「わかりました」と素直にうなずくのが一般的な判断だろう。
 ところが私は手術を2時間近く拒み続けた。
 手術が嫌だったわけではない。
 翌日に原稿の締め切りを抱えていたからだ。

「はァ……締め切り? あなたね! 自分の命と仕事とどちらが大事なんですか!?」

 ところが私は、「どうしても仕事があるんで帰らせてください」と粘った。
 医師も、こんな人は見たことがないといわんばかりに呆れ顔。とはいえ、手術を受けることになった。
 手術は無事に成功。しかし翌日、40度の熱と激痛の中ワープロで原稿を書いていた。
どうにかこうにか締切には間に合ったが……とまあ、基本的に私はこんな生真面目で真っ直ぐな性格なのである。
 そこまで仕事に命をかけられると、はかなく美しく見えるかもしれない……とは自分勝手な美談で、あまりの根性と頑張りは医師や看護婦をはじめ、周囲を騒然とさせたものだった。

 ミルクのお兄ちゃん的存在の「レモン」が天国へと旅立って行った後、カタツムリの「でんでん」の子孫たちとミルクとの生活が始まった。
 レモンの死は、『心に残るペットと人との感動ドラマ』という一冊の本を生み出し、この子と生きた日々が、生きた証となって手元に残った。
 同時に、なんとも不思議なことに動物アレルギーだった私の身体は、すっかり動物を受け入れられる身体へと変わっていった。

Utsukitamilk  さて、このミルクときたら、ハムスターがこんなに人間になじむのかと不思議に思うくらい、人なつっこい性格だった。
 私の気配を感じると、すぐにまとわりついてくる。私が気付かないうちに、いつのまにか足元にいたりもするので、放し飼いにしている我が家で何度となくキケンな目に遭っていたりもした……。彼の行動にはかなり神経を使っていたが、それでもときに、足のところにいるのに気付かずに、うっかり蹴飛ばしてしまうことがあったりして(^_^;) 
 私が外出から帰ると、「おかえりなさい~」と言わんばかりに走りよってくる。
キッチンでお料理を作っていると「ちょうだい~」と言わんばかりに足に絡みついてアピールしてくる。
 仕事部屋にいると「あそんでよ~」と言わんばかりに呼びにやってくる。

 幸せを長く続かせたいと思うのはあたりまえで、ミルクのかわいい姿を見ていると、私も例外なく「私より長生きしてね」と、つい口にしてしまっていた。
 およそ2年というハムスターの寿命。つまりミルクも、そのときは元気でも長くてあと半年くらいの命だとわかっていた。だから、とにかく一日一日がとっても大切な時間だった(万が一、私が先に死んだら、この子の面倒を見る人がいないから困るが(――;))。

 レモンの場合は、いつもマイペースでクールを装っていたが、ミルクの場合は自分の気持ちをそのままぶつけてきている!?ように感じた。
 寂しいと思ったら寂しさを伝え、甘えたいときには甘え、頑張りたいと思っているときには頑張っている姿を見せる。しかし、そのほとんどが気負わずに過ごしている生活の中でのことだ。いうなれば、正しい意味での「自由奔放」だったのだ。
 さすがにハムスターなので、犬のように表情にはでにくいが、思い切り態度で示してくるからわかる。

 離婚して、とにかく必死に生きてきた。頑張るのが好きな私は、この時期はさらに限界までただただ走っていた。
 ある意味「平常心」を失い、やや常識に欠けるのではないかと思うほど懸命だった。以前、必死に営業まわりをした話はしたが、それ以外にも、ひたすらネット検索で仕事探しをしたり、できる限りマスコミのパーティにも顔を出すようにした。それはもちろん楽しいからという理由ではなく、「生きるため」に必死だったからだ。とにかく周囲がまったく見えていない歳月を過ごしていたのだ。ミルクが私にこのことを教えてくれるまでは、生活は心も物質的にも決して豊かだとは言えなかっただろう。ミルクが楽しそうに部屋を走り回っている姿を見て、仕事も、生きていることそのものも力まずに、気負わずに、ナチュラルに生きていればいいのかもしれないと思えた。

 もちろん頑張ったり、踏ん張ったりするのを否定しているのではない。
 しかし、そればかりだと張り詰めた糸に負荷がかかり続けて、あたりまえのことだが、いつしか切れてしまう。
 緊急入院を余儀なくされたときのように……。あの頃は、お腹の激痛を数ヶ月間我慢していた。ちょうど仕事で海外出張があったが、飛行機の中で激痛により起き上がれなくなり特別席を用意してくれるほど。飲み物を飲み込むことすら痛みのせいで数ヵ月困難であった。それでも張り詰めた糸が切れるまで頑張ろうとした。しかし切れるのは時間の問題だった。
 長い人生の中で、自分の「糸」がプッツリと切れないために、ときにはほどよく張り、ときにはたるませる。
 仕事をするときには糸を張り、ミルクと遊ぶときには糸を緩める。
 きっと、私はいつでも糸を張ったまま、「とにかく頑張る」という姿勢で生き続けていたに違いなかった(頑張ることが趣味なのかも(^_^;))。

 と、この原稿を書き終えて、「ふぅ~」と深呼吸してみる。
きっと今この文章を読んでいるあなたも、自分の「糸」を緩めていることだろう。
 動物が私に心地よい「ゆるみ」を与え、私の書くものがあなたに心地よい「たるみ」を与えている(と信じたい)今この瞬間に、私は感謝したい。もちろん、このことを気付かせてくれたミルクにも。
 今、私はいい意味でやる気がセーブされている。
 ときには、頑張らなくたっていいのだと。

2007年1月 1日 (月)
謹賀新年 私とポポはマラソンランナー♡

 あけましておめでとうございます。
 2007年、いのししの年ですね。

 2006年は、フルマラソンを全速力で走り抜けたかのような一年でした。
 途中、補給水ならぬ栄養ドリンクを手に取りつつ、倒れそうになりながらも、ただただ12月31日のゴールを目指し走りきったような。

 2006年のスタートを切った頃、「頸椎ヘルニア」という病にかかりました。いつ仕事ができなくなるかわからないくらい酷い状況だったのです。首が痛い、動かない……背中から肩、ゆび先まで左半身が激痛に襲われ、鎮痛剤に頼る日々が続いていました。
 週に何度も、どこかしらの治療院に通った日々。この先、自分の身体がどうなってしまうのか不安でなりませんでした。しかし、占星術的に2006年に自分の運勢が強くなることも予想していたので、不安の中にも明るい光は常に射していました。まさにマラソンランナーのような、そんな心境でした。

 やがて春になり、日本テレビ系「ズームイン!! SUPER」に携わることが決まりました。この頃から運気は上り調子になり、著書の話も次から次へと決まっていく。今まで蒔いた種が芽を吹き出したようでした。
 しかし嬉しいことばかりでもなく、5月14日に最愛の愛息?「くるみ」(ハムスター)が天国へ旅立つ事件も。翌月には、くるみの愛妻も天国へ……。しばらくは悲しみにふけっていましたが、やはり家の中に自分以外の生き物がいないのは寂しい。
「心を元気にして、パワフルに活動するにためにも早くふんぎることが必要だ」
Utsukitapopo  そう思った矢先、7月17日、ホーランドロップイヤー(うさぎ)の「ポポ」と出会ったのです。このことで、やや暗くなっていた私の生活がまた明るいものへと変化しました。
 ポポと一緒に暮らし始めた頃、不思議なことに左半身の痛み、しびれが減ってきたのです。首のコルセットもはずせるくらいになりました。

 さらに仕事は波に乗り、著書4冊を秋発売に向けて、同時進行でやり抜きました。その中の2冊「宇月田麻裕のI LOVE ペット占い」と、日本テレビ系「ズームイン!! SUPER」で放送中の「名前でズバリ診断!幸せの『あかさたな占い』」は、念願であったキャラクターデザインまで描くことができました。 

「あ~あ~、毎年忙しいけど、今年は本当に忙しかった」
「やりたいことがやれた!!!ヽ(^o^)丿」
「う~ん、いつもながらに頑張った」
 というのが正直な感想。
 自分の頭をなぜなぜ……。(*^_^*)

 こんなに頑張れたのは、つねに私の横に、(というか足元にという感じだが)ポポという存在がいてくれたから。
 ポポは、甘えん坊でさびしがり屋。
 いつもは家のリビングでぴょんぴょんしていますが、自ら縄張りを作っているせいでそのエリアから一歩も出られません。私が仕事部屋に移動しようとすると後を追いかけてくる。 しかし見えないラインで足止めを食らう。そのラインの手前でジッとうるうるした目で私の姿を見つめるのです。

「そんな目をされたら仕事場に行けないじゃないの~」
 そして、リビングに戻ると喜んでぴょんぴょん飛んできては絡みついてくるのです。
「も~う(*^_^*)」
 日々、心は癒され、身体にもパワーが充電されていきました。

 2007年、私にとってどんな年になるのだろう?
 強運はまだ続いている(はず)ので、たぶん少しばかり環境の変化があり、同時に少しばかり健康には注意しなくてはいけなさそうです。
 ですが、相変わらずフルマラソンで次の12月31日を目指し、ひた走るのでしょう。もちろん、愛息ポポと一緒に!

 いずれにしても、「人々の幸せのため」を根本にして、「やりたい」と思ったことを実践していく私です。もちろん、動物ものやキャラクターものへのチャレンジははずせない一年です!
 さて、あなたはどんな2007年の目標をお持ちですか? 
 この一年楽しみながら、語り合いながら、一緒に走っていきましょう!!!!(^^)!