新年のご挨拶で、初めてうちの愛息うさぎの「ポポ」を紹介しました。
すると、「どうぶつとにらめっこ」でのコメント以外で「マヒロさんがウサギを飼っていたとは知りませんでした。ハムちゃんだけだと思っていました」というメールやメッセージがかなり届き、思いのほかの反響にビックリしました\(◎o◎)/
ということで、少しばかりそのお話をしましょう。
※
ウサギの「ポポ」が、我が家に来たのが2006年の7月17日。うちの子たちが我が家にやってきたり、天国に旅立つ日は、だいたい7のつく日が多い。それは自分でもビックリするくらい偶然のことだ。あえて7のつく日に迎え入れているわけではない。たまたま、7のつく日に素敵な出会いが待っているだけ。何とも不思議な話だが……。
2005年の春。まだ、ハムスターのくるみが健在だったころ、私はいつも肩が重く、凝りが激しく首を回すことすらできない状態が続いていた。それは徐々にひどくなり、頭痛、首、左半身への激痛と震えに変わっていった。パソコンのキーを打つこともままならず、打ち合わせも同じ姿勢でいるせいか、痛み止めの薬を飲んでいても痛みが襲ってくる。
西洋治療、東洋治療と週に何度も治療院に通った。それでも一向によくなる兆しがなく、時だけがいたずらに過ぎていった。
「私のこの身体はもう一生治らないのだろうか。この激痛と震えとともに生きていかなければならないのだろうか」
毎日そんな不安に駆られるばかりだった。
そんな身体をよそに、仕事は順調で数多くの連載を抱えていた。身体の限界の限り仕事をしたが、そうすることでより病気は悪化していった。
病名は「頸椎ヘルニア」。
よくはわからないが、首の骨3本がつぶれ歪んでいてそれが神経に突き刺さる状況だった。しかも普通の人の骨に比べて私の場合は、配置がおかしくなっており、それゆえに頭の重みをバランスよく逃がすことができずに、直接重みが体に掛かっているとのこと。
「骨自体が変なんじゃ、治りようがないじゃない」
私は、あらゆる治療院を試してみた。
しかし「仕事をしばらくやめるしかないですね」と言われるばかり。それに対して「え~、仕事やめたら生きていけないですよ」と答える。同じやり取りの繰り返し。
そんな日々をハムスターの「くるみ」はなぐさめてくれていた。
そしてくるみが亡くなってしばらく経った、2006年7月17日(くるみの話はまたあとでゆっくりお話ししましょう)。ポポが我が家にやってきたのだ。
あるドラマから生まれた「うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ!」という有名なセリフがある。
ポポと暮らし始めて、私はその通りだと思った。寂しいことが死の原因にこそなりはしないが、ウサギというものはかなりの寂しがり屋であることは間違いなかった。
いつでも足に絡みついてくる。イスに座っていると、ポポが足にベッタリくっついてくる。「ねぇ~、遊んで~」と言ってくる(言葉にはしないが)。
構ってあげないと、部屋の隅っこに行き、恨めしそうな目をして、イジけた素振りでジーっと私を見ている。
「もう~、ポポはホントに寂しがり屋だなぁ~」と言って、私はポポの頭に顔をこすり付ける。実はこんなことをしょっちゅうしている。
とくに朝晩は仕事の手を休めて、ポポと遊ぶ時間を作る。寝る前には何時間もポポと遊ぶ。そうしているうちに、昔の私ならばぶっ続けに10時間くらいは平気でパソコンに向かい、食事もパンを片手にもう片方の手はキーを打つなんてことをしていた。多いときには徹夜を数日続けることもあった。
しかしポポが来てからは、遊んであげないと(もしかしたら私が遊んでもらっているかも(^_^;))寂しがったり、イジけたりするので、自然と仕事の手を休める時間ができた。すると不思議なことに、あんなに苦しんでいた身体の痛みが徐々に薄れていくのを感じた。
「何て不思議なことなんだろう。もう治らないかもと悲観していたのに、激痛に苦しみ続けたのに……痛みがあまりないじゃない~」
もしかしたら、ヘルニアを治す一番の名医はポポ!?
私はこうして普通にキーが打てる身体に戻った。打ち合わせをしていても平気だ。無理をしなければ痛みは襲ってこない。
「ありがとう! 私のお医者様、ポポ!」
※
ということで本編と少し外れて番外編でした。
うちにいる子たちは、みんながみんな人生の師であり、名医であり、心の友である。
もし、まだ動物と一緒に人生をともにしていないあなたは、この「どうぶつとにらめっこ」を読んでしまった縁で、一緒に生活してみてはいかがですか?
愛に溢れ、学べ、素晴らしい人生がそこからスタートするはずです。


