プロフィール
宇月田麻裕
作家・エッセイスト、開運研究家。ハッピネスファクトリー®代表(http://www.happiness-f.com/)。執筆、テレビ出演、講演、WEB企画プロデュース・監修など幅広い分野で活動。動物をはじめ、恋愛や結婚をテーマにした著作を数多く発表。著書に「心に残るペットと人との感動ドラマ」(学研)ほか。 

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2007年1月11日 (木)
ハムスター編5 ミルクと2人の生活

「今帰ったら死ぬかもしれませんよ。手術を了承してください!」
「先生、でも私にはやらなくてはいけないことがあるんです!」

 青春映画のワンシーンのような台詞だが、実は私はこのやりとりを実体験したことがある。
 もう何年も昔のことになるが、病院で緊急手術をしたことがあった。
 病気は婦人科系のもので、すでに腹中に膿が広まり、腹膜炎をも併発していた。
 当然ながら医師は緊急手術と入院を熱心に推すわけで、患者としてはそれを受けて「わかりました」と素直にうなずくのが一般的な判断だろう。
 ところが私は手術を2時間近く拒み続けた。
 手術が嫌だったわけではない。
 翌日に原稿の締め切りを抱えていたからだ。

「はァ……締め切り? あなたね! 自分の命と仕事とどちらが大事なんですか!?」

 ところが私は、「どうしても仕事があるんで帰らせてください」と粘った。
 医師も、こんな人は見たことがないといわんばかりに呆れ顔。とはいえ、手術を受けることになった。
 手術は無事に成功。しかし翌日、40度の熱と激痛の中ワープロで原稿を書いていた。
どうにかこうにか締切には間に合ったが……とまあ、基本的に私はこんな生真面目で真っ直ぐな性格なのである。
 そこまで仕事に命をかけられると、はかなく美しく見えるかもしれない……とは自分勝手な美談で、あまりの根性と頑張りは医師や看護婦をはじめ、周囲を騒然とさせたものだった。

 ミルクのお兄ちゃん的存在の「レモン」が天国へと旅立って行った後、カタツムリの「でんでん」の子孫たちとミルクとの生活が始まった。
 レモンの死は、『心に残るペットと人との感動ドラマ』という一冊の本を生み出し、この子と生きた日々が、生きた証となって手元に残った。
 同時に、なんとも不思議なことに動物アレルギーだった私の身体は、すっかり動物を受け入れられる身体へと変わっていった。

Utsukitamilk  さて、このミルクときたら、ハムスターがこんなに人間になじむのかと不思議に思うくらい、人なつっこい性格だった。
 私の気配を感じると、すぐにまとわりついてくる。私が気付かないうちに、いつのまにか足元にいたりもするので、放し飼いにしている我が家で何度となくキケンな目に遭っていたりもした……。彼の行動にはかなり神経を使っていたが、それでもときに、足のところにいるのに気付かずに、うっかり蹴飛ばしてしまうことがあったりして(^_^;) 
 私が外出から帰ると、「おかえりなさい~」と言わんばかりに走りよってくる。
キッチンでお料理を作っていると「ちょうだい~」と言わんばかりに足に絡みついてアピールしてくる。
 仕事部屋にいると「あそんでよ~」と言わんばかりに呼びにやってくる。

 幸せを長く続かせたいと思うのはあたりまえで、ミルクのかわいい姿を見ていると、私も例外なく「私より長生きしてね」と、つい口にしてしまっていた。
 およそ2年というハムスターの寿命。つまりミルクも、そのときは元気でも長くてあと半年くらいの命だとわかっていた。だから、とにかく一日一日がとっても大切な時間だった(万が一、私が先に死んだら、この子の面倒を見る人がいないから困るが(――;))。

 レモンの場合は、いつもマイペースでクールを装っていたが、ミルクの場合は自分の気持ちをそのままぶつけてきている!?ように感じた。
 寂しいと思ったら寂しさを伝え、甘えたいときには甘え、頑張りたいと思っているときには頑張っている姿を見せる。しかし、そのほとんどが気負わずに過ごしている生活の中でのことだ。いうなれば、正しい意味での「自由奔放」だったのだ。
 さすがにハムスターなので、犬のように表情にはでにくいが、思い切り態度で示してくるからわかる。

 離婚して、とにかく必死に生きてきた。頑張るのが好きな私は、この時期はさらに限界までただただ走っていた。
 ある意味「平常心」を失い、やや常識に欠けるのではないかと思うほど懸命だった。以前、必死に営業まわりをした話はしたが、それ以外にも、ひたすらネット検索で仕事探しをしたり、できる限りマスコミのパーティにも顔を出すようにした。それはもちろん楽しいからという理由ではなく、「生きるため」に必死だったからだ。とにかく周囲がまったく見えていない歳月を過ごしていたのだ。ミルクが私にこのことを教えてくれるまでは、生活は心も物質的にも決して豊かだとは言えなかっただろう。ミルクが楽しそうに部屋を走り回っている姿を見て、仕事も、生きていることそのものも力まずに、気負わずに、ナチュラルに生きていればいいのかもしれないと思えた。

 もちろん頑張ったり、踏ん張ったりするのを否定しているのではない。
 しかし、そればかりだと張り詰めた糸に負荷がかかり続けて、あたりまえのことだが、いつしか切れてしまう。
 緊急入院を余儀なくされたときのように……。あの頃は、お腹の激痛を数ヶ月間我慢していた。ちょうど仕事で海外出張があったが、飛行機の中で激痛により起き上がれなくなり特別席を用意してくれるほど。飲み物を飲み込むことすら痛みのせいで数ヵ月困難であった。それでも張り詰めた糸が切れるまで頑張ろうとした。しかし切れるのは時間の問題だった。
 長い人生の中で、自分の「糸」がプッツリと切れないために、ときにはほどよく張り、ときにはたるませる。
 仕事をするときには糸を張り、ミルクと遊ぶときには糸を緩める。
 きっと、私はいつでも糸を張ったまま、「とにかく頑張る」という姿勢で生き続けていたに違いなかった(頑張ることが趣味なのかも(^_^;))。

 と、この原稿を書き終えて、「ふぅ~」と深呼吸してみる。
きっと今この文章を読んでいるあなたも、自分の「糸」を緩めていることだろう。
 動物が私に心地よい「ゆるみ」を与え、私の書くものがあなたに心地よい「たるみ」を与えている(と信じたい)今この瞬間に、私は感謝したい。もちろん、このことを気付かせてくれたミルクにも。
 今、私はいい意味でやる気がセーブされている。
 ときには、頑張らなくたっていいのだと。

コメント

マヒロさんの頑張りには、読ませていただく度にいつもいつも感心してしまいます。
たくさんの苦難や困難、文章で拝見させていただくだけでは計り知れないほどのものがあったかと思います。

張り詰めた糸が切れるまでめいっぱい走り続けようと思いはしても、実際にはなかなかマヒロさんのように頑張りきれなかったりします。
身体を壊して大変な目にあってしまったみたいですが、それを乗り越えて必要な「ゆるみ」を会得されたんですよね。
そしてそれによって、周りの人たちにも心に「たるみ」を与えてくださっている。
素敵ですね♪

Rainy さん

つい夢中になってしまう性格でして。。。(^_^;)
彫刻を彫り始めたらご飯も食べずに、ひたすら三日間木に向かっていたり、編み物を始めたら一週間手放さずに編み続けたり…。

着手したら終わるまで手を休められないこの往生際の悪い性格を、うちに来た動物たちが少し変えてくれました。(^^)v

しかし往生際が悪い性格は、ときに深みにはまってしまうという怖い面もあるので、踏ん張るときか否かの判断は必要ですよね。

あなたという人は、失礼を承知でいえばなんて強靭な人でしょう。生真面目でまっすぐといういうよりは、あの巨人の星の、頑固一徹といった感じを受けます(ごめんなさい)。
 しかし同時に動物との交流をこうして読み物を通じて知り、なんて繊細な感性をお持ちなのだとまた感じています。
 最後の方にある、時には頑張らなくていいこともある。マヒロさんが平素、頑張りすぎるくらい頑張ったから、心から言える台詞なのかもしれませんね。

枕草思さん

ワッハハハハハ…(^^)
「星一徹」。懐かしいですねぇ~。
うちの父が、星一徹のような人です。
父の考えと私の考えとが不一致したとき、間違ったことをしたときなどなどには、何でも飛んできましたよ。
もちろん、夕食が乗っている食卓が飛んでくることなんて日常茶飯事でした。
湯飲み茶碗を投げつけられのは日課のようなものでしたよ。本当は優しい父なのですが…。そんな父に育てられたので、星一徹のようになってしまったのかしら~。(^_^;)

枕草思さん、ときに頑張らず、ゆったりとした時の流れを感じるのもいいものですよね!

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