プロフィール
宇月田麻裕
作家・エッセイスト、開運研究家。ハッピネスファクトリー®代表(http://www.happiness-f.com/)。執筆、テレビ出演、講演、WEB企画プロデュース・監修など幅広い分野で活動。動物をはじめ、恋愛や結婚をテーマにした著作を数多く発表。著書に「心に残るペットと人との感動ドラマ」(学研)ほか。 

2009年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
アーカイブ
最近のトラックバック
最近のコメント

« 2006年11月 | メイン | 2007年1月 »

2006年12月20日 (水)
ハムスター編4 愛息レモンの旅立ちや、ハレルヤ

 2006年も終わりに近づき、この一年を振り返る方も多くいらっしゃると思います。
 あなたの一年はいかがでしたか?
 成功したり、失敗したり、そしてステキな出会いがあったり、辛い別れがあったり……。その出来事を振り返り学ぶことで、必ずや翌年に生きてくるはずです。
人間は人間社会の中で色々と学び、成長していく生き物なのですからね!(^^)v

 年末年始特有の、なんとなくすがすがしい空気は、一年の分岐にそうで、そんなことを考えることが多くなるからかもしれません。
 そこでこんなお話。

 ※

 久しぶりにハムスターの話に戻るとしましょう。

 夫と別々の道を歩みはじめ、私が朝から深夜まで、まさに“生きるため”に必死で仕事をしまくっていた頃、彼らはやってきた。
 彼らとはハムスターの「レモン」と「ミルク」のことだ。

 離婚から数年が過ぎ、ようやくそれなりに仕事の依頼が舞いこむようになり、どうにかこうにか生活ができるようになった私は、カタツムリ以外の生き物を飼える余裕ができた。
「毛の生えた生き物と一緒に生活がしたい~」と無性に思うようになっていたのだ。
「毛の生えた」というところがミソで、哺乳類に近いというか、比較的感情を読み取れる生き物とのふれあいを持ちたがっていたのかもしれない。

 レモンとミルク。
 この2匹との生活は本当に楽しく、その愛らしさときたら、まさに「目の中に入れても痛くないほど」である(もちろん実際に入れたら、目が毛だらけになるだろうが……(~_~;))
 驚いたのが、予想以上に頭がいいことだ。親バカではない。ハムスターは、見る人によっては「ただのネズミじゃないか」といわれることもあるが、まったくとんでもない話だ(`^´)
「ミルク~、レモン~」と呼べばちゃんと私の元にくる。
 しかも行動範囲は家中なので、ときに寂しくなると彼らは私の仕事部屋にまできて、足元で遊んでいる。性格も違い、ミルクにいたっては、私が外出先から戻ると一目散に玄関に迎えにくる。
 また、夜の12時を過ぎるとケージに入れる習慣が付いているため、仕事部屋に(毎日明け方近くまで仕事をしていたため)「そろそろ巣に戻る時間だよ。巣に入れてくれよ~」と呼びにくる。私が外での仕事でその時間を回るときには、自分で勝手にケージに戻っていたりもする。
「こんな小さな身体のこんな小さな脳みそなのに、なんて賢いんだ!」と、日々驚くことばかりだった。
 まぁ、私の愛情のかけ方と躾(しつけ)の賜物(たまもの)かもしれないが……(^^)v

 しかし、ハムスターの命は短い。せいぜい2年程度のものだ。
 永遠にこんな幸せな時が続くわけがなかった。

 ある日……。
 大きなおめめのレモンの目が半開きになり、とても眠そうな顔をしていた。
 様子がおかしい。
 どんどんレモンの意識が遠のいていっているのがわかった。
 ウトウト、カックン、ウトウトカックン……。
 電車で居眠りして、ときおり目が覚める人のようだ。
 レモンもミルクも私が手を差し伸べると、勢いよく手にかけのぼり、毎朝手の上で朝ご飯のヨーグルトをペロペロとなめるのだが、この日のレモンは力なく、かけのぼるというよりはよじのぼり、しがみつく……そういった感じだった。
 それでも必死で私の手にのぼろうとしている。何度も崩れかけながらも、必死で……。私は彼のおしりを押してあげて手の上に乗せた。
 その後、満足にヨーグルトをなめることもなくヘロヘロと手から飛び降りたレモンは、別のエサを食べようとしている。ウトウトヨロヨロとしながらも……。
 そして、ケージの横に置いてあるお気に入りの小箱に入り、先に中にいたミルクに寄り添った。

 数分後、そんなレモンが心配になり、小箱をのぞいて見た。

「え!!!!!!!!!!!!!!」

 ミルクの横で……。
 私は、何がなんだか理解できない。完全にパニック状態に陥った。わけがわからないままレモンを抱きかかえ、病院にただただ走った。走った。走った。

 すると病院で「もう死んじゃっているね」と……。
 獣医の言葉がかすかに耳に入ったか入らないか、それすらも自覚できない。
 放心状態のまま家にたどりついていた。
 どう帰ってきたのか、よく覚えていなかった。

「レモン、病院で死ぬより住み慣れた家から逝きたかったの? 私の手の上で死ぬより、大好きなミルクの隣で逝きたかったの?」

 信じられない気持ちの中で、レモンと過ごした1年と数ヵ月が走馬灯のようによみがえってくる。
 レモンはミルクの隣で安心して天国に旅立っていった。
 しばらくの間、私はするべき仕事をこなしながらも心の中はつねに空虚だった。何日も何日も悲しみにふけった。完全に「ペットロス」状態だ。

 そんな中、あることに気付いた。
 きっと、子供のように可愛いペットたちと一緒に生きていくことで、私のように幸せを感じている人たちは世の中にいっぱいいるはず。
 愛に溢れた生活をしている人たちはいっぱいいるはずだ。そして、悲しみにふける人たちも……。
 この気持ちを何かにぶつけたい!
 同じ気持ちを持つ人たちと何かを分かち合いたい。
 それが人々の役に立つならば!

 気持ちを込めて企画書を作成し、共感者を募る。
 担当の編集者とともに企画を練りに練っていく。
 何日も取材を重ね、それを原稿にまとめていった。
 文章もこだわり続けた。
 美しくなくていい。私がレモンに持っていたありのままの愛情をぶつけていった……。

 時がたつのは早いもので、あっという間に編集作業も終わり、レモンの話も含めた複数のペット・エピソードが『心に残るペットと人との感動ドラマ』(学研)という一冊の本になった。

Utsukitalemon 「レモン、おまえは、多くの人たちに何かを与える事ができたんだよ。多くの人たちがおまえのもとに集まってくれたんだよ……」

 レモンは笑っている。
 この本の中で。
 私の中で。
 今も。

2006年12月13日 (水)
カタツムリ編7 でんでんファミリーの愛に満ちた生活

 前々回のことになるが、カタツムリの「でんでん」と「ちゅっちゃん」がめでたく夫婦になったことをお話した。
 彼ら、夫婦になってからは、人目をはばかることなく毎日のように愛を見せつけてくれた。

「ちょっと、一人身の私の前で、いちゃいちゃしすぎじゃないの~」(-_-;)

 ふたりのあまりの仲良しこよし加減に、若干ふてくされつつも(!?)その姿がほほえましく感じられ、私の毎日もさらにヽ(^o^)丿(happy)になっていく。

Utsukitatamago  やがて、すぐに彼らの子供(卵)が生まれた。
 いちいち数えたわけではないが、一度に30粒ほどは産んでいただろう。それを何度となく繰り返す。もちろんそのうち、ちゃんと孵化しないものもあるが、とにかく産みまくるのである。
 少子化社会などまったく無縁。カタツムリのように、外敵が多い種は、種の保存のため、まさに産んでナンボなのだ。
 そして産卵から2週間後、卵たちに異変が起こる。

「うんしょ、どっこいしょ、よいしょ、どっこらしょ」

 真っ白で真珠のような卵がプチプチと割れ、そこからベイビーたちがひょっこり顔をのぞかせる。
 チビでんでんたちの社会デビューだ。チビでんでんたちは卵から顔を出し、可愛らしい姿でもうひとふんばり。
 がんばれ、あとちょっとだ!

「うーん。もうちょっとで卵の殻から出れるぞ!? がんばらないと! よいしょ、よいしょ」

 1匹が顔を出し始めると、我も続けとばかりに次から次へと顔を出してくる。そのとき私の脳裏にひとつの疑問がよぎる。

「そういえば、カタツムリって、生まれたときから背中に殻がついているのかな?」
 ヤドカリのように、殻を見つけて入り込むのではなかろうか。
 そして生まれたての姿はナメクジのようにのっぺりとしているのではなかろうか。

 ところがどっこい。ビックリだ\(◎o◎)/
カ タツムリは生まれたときから、背中にしっかりと殻がついている。もちろんカタツムリ特有の、あのグルグルうずまきの形だ。まさに、でんでんのミニチュア版とも言えるちっちゃなカタツムリたちは、1匹1匹必死で殻を破って、この世に生をアピールしていた。

「今まで動けないまま卵の中でガマンしていたんだ! これからはのびのびとボク(ワタシ)の人生(正確にはカタツムリ生)を生きられるぞ!」
 そんな声が聞こえてきそうだった。

「あらあら、あなたたちには負けなくってよ! 私だって自由の身。これから精一杯自分の人生を生き抜いていくわよ~!!!!!」!(^^)!

 この子達に負けじとばかりに鼻息を荒くしている私に、「ちびっこ相手にそんな闘志を燃やしてどうするマヒロ」と、でんでんとちゅっちゃんのボヤキが聞こえてきそうだった。

 殻を突き破って、卵の殻から出た後はむごむご自由に動きまわる「チビでんでん」たち。
グングン壁を伝ってケースの上部に上がろうとする子、土の近くでモゴモゴと遊んでいる子、どうしていいのかわからずに辺りをキョロキョロ見回している子……。
 みんながみんな、一生懸命に生きようとしている。
 1mmほどの殻の大きさしかなく、体重もほとんどない小さな存在だが、その命の重さを実感した。

 みんなが出揃った。
 でんでんファミリーの誕生の瞬間だ。
 それからというもの、ファミリーはみんなとの絆を確かめ合うようにして時間を過ごし、愛に満ち溢れている姿を見せてくれていた。
 彼らの姿を見ていると、なんともほほえましく感じられ、さらに私にエネルギーが充電されていくのがわかった。
 ふっと、辛かった結婚生活がよぎったが、この子たちの姿を見ているとすぐにそれは脳裏から消えた。

「過去は過去。それを活かしてこれからを生きればいい。私には未来がある。チビでんでんたちが自由に動き回っている、今の私にできるのは自由に動き回り、自分の夢に向かって突き進んでいくことだ!!! むふ!!!(^0_0^)」

 私とでんでんファミリーは、確実に明るい未来へ向かって歩んでいた。

2006年12月 5日 (火)
カタツムリ編6 ひきこもり

 最近、「ひきこもり」という現象が問題になっているとニュースで見聞きする。
 かなりかいつまんで言えば、ひきこもりとは学校にも会社にも行かず、自宅に閉じこもったままになり、自宅という自分の世界の中だけで生きていこうとすることになるだろう。
 人に会いたくない……。何もしたくない……。
 その原因はさまざまなところからくるものだろうが、一度ひきこもってしまえば、なかなか簡単には表に出てこられない。自分に自信がなくなってしまうのだろう。
 人間だけでなく動物の世界にも「ひきこもり」はあるのだろうか?
 今までの「どうぶつとにらめっこ」をお読みいただいたあなたならば、動物に感情があることはおわかりだろう。
 そこで、こんなお話。

 ※

 前回、「でんでん」に、愛妻「ちゅっちゃん」が嫁いだ話をした。
 今回のお話はそのちょっと前のことだ。

 でんでんが我が家にやってきてから夏が過ぎ、秋が過ぎ、初冬を迎えようとしていた頃。
どういうわけか、殻に閉じこもるようになった。
 初めてカタツムリとの冬を迎える私は、何でそんな状態になるのかを理解できないでいた。
 エサはちゃんと与えている。
 室温も一定を保っている。
 ケンカなどは一度もない(あたりまえだが)。
 なのに私を無視するかのように閉じこもり続ける。
 アッ、もしかしてグレちゃった?
 カタツムリなので服装やヘアスタイルが変わるわけでもなく、感情がわからない。

「でんでん、何で最近、殻に閉じこもったままなの~。そんなんじゃダメだよ! ほら、前みたいに顔を出して元気よく、私の手の上に上っておいでよ」

 しかし、長いときには殻の出入り口に蓋まで作り、1週間以上も顔を見せてくれないこともあった。「死んでいるんじゃないの?」なんて思うこともしばしば。

 元気のないでんでんを見ていると、ほんの数年前の自分の姿と重なる。
 結婚していた当初、ストーカーや嫌がらせをする悪意ある人たちの恐怖にいつも怯え、  部屋の中にひきこもり、人との接触を避けて、自分の殻に閉じこもりっきりだったあの頃。
 何かを話そうとしても頭の回路と口とが合致せずに言葉がちぐはぐになったあの頃。
 人と話すことが困難で、人に会うなんてとんでもなく、自分ひとりのほうが安心だと思えたあの日々。
 しかし。

「ダメだよ! そんなんじゃ! 人は(正しくはカタツムリはだろうが……(^_^;))ひとりきりでは生きていけないんだから! 早く殻から出ておいで!」

 あまりにもひきこもり期間が続きすぎるので、さすがに心配になり、この状態は何を意味しているのかネットなどで調べてみた。
 もしかして、カタツムリも自閉症になるのか……。

 \(◎o◎)/!  
 原因は「冬眠」

 カタツムリが冬眠するなんてビックリ!
 やはり自閉症だなんて、そんな訳はない(~_~;)
 でんでんが健康であることを知った私は、安堵のあまりイタズラ心を止めることができない。
 でんでんを加湿器に当てて温める。無理やり冬眠から覚ませて、寂しい乙女の話し相手にしようとした(虐待?)。
 ただし近付けすぎると加熱しすぎてエスカルゴになる。気をつけて、適温で。

 はい、おはよう。でんでん。

Utukitaa_snail  きっとでんでんは、「おい! マヒロ。安らかな眠りについているのに、何起こしているんだよ!」とムッとしているに違いないだろう。
 でも彼はちょっと眠たそうで不機嫌な顔をしていても、すぐにいつもの元気なでんでんに戻ってくれた。
 手のひらに乗せると上へ上へと指を上る。相変わらず指の天辺が好きで、そこに辿り着くと「次どうしようかな」と考えているのか、クビを(上半身を)左右に振った。

「そうそう、オマエはそうしている姿が一番よ」

 冬眠から起こす快感(?)を覚えた私は、それからしゅっちゅうでんでんを起こしては遊んでいた。
 そうしないと、せっかく立ち直りかけた自分がまた心の奥に引っ込んで、永い眠りに入ってしまいそうで怖かったのかもしれない……。
 冬眠中のカタツムリを叩き起こし続けた女が言うのもおかしいが、私はもう殻の中に閉じこもり、ひきこもりたくはなかったのだ。
 ひきこもったとしても……でんでんに仕返しとしてたたき起こされたかもしれないが……(~_~;)