「溺れる者は藁(わら)にもすがる」という言葉がある。人間は、極限に追いつめられたときに「何かにすがりたい」という心境になるものだろう。
時間は少しさかのぼり、でんでんが我が家にやってくる前のことだ。
1994年1月、私はある人と結婚をした。女性であるなら大半の人が「結婚」というものに夢や理想を描き、幸せになれると信じて結婚をするもの。
そのころの私は、数本の雑誌連載、ラジオ番組へのレギュラー出演、著書の発表と、順調すぎるくらい順調な時間を過ごしていた。そんな状況ゆえに「結婚後も仕事をバリバリとこなし、向上心を持って結婚と仕事とを両立させていきたい」と考えていた。
しかし、結婚後、その考えを打ち砕かれる出来事が次から次へと起きていった。毎日のように嫌がらせをされ、結婚生活自体に無理な注文を付けられるようになったのだ。
「子どもを産むな」
「妻は、夫のためにだけ存在しろ」
「自分の仕事や趣味はいっさいするな」
夫を取り巻く人々が、私にさまざまな要求をする。それはつまり、著名人であるがゆえのしがらみなのだろうか……私には理解できなかった。
彼の周囲の人間たちが、次から次へと私の自由、意志を奪っていった。
毎日何度も鳴り響く電話のコール。
悪意に満ちた玄関のベルの音。
信じがたい内容が記されて精神的打撃を狙った嫌がらせの手紙。
周囲の要求は、日を追うことに増していき、やがてエスカレートしていくようになる。
日々、どんな罠が待ち構えているかわからない恐怖があった。
その日一日の予定を立てていても、妨害によりすべて崩れる。
自分の生活が、悪意ある第三者に支配される。
悪循環。暴風。大雨。
いつになったら、この雨は止むの……。
私は何もしていない。嫌がらせをされるようなことも、誰かに付け狙われたり、ましてや引きずりおろされたりするような理由もない。
たったひとつ、「結婚した」という事実だけがそこにあった。
ただ、その事実が「著名人の妻」という薄氷の上に乗っていた。
朝が来るのが怖かった。
時が経つのが怖かった。
朝から深夜まで恐怖と精神的圧迫感の中にいた。
でも、夫との生活を守らなくてはいけないと自分に言い聞かせた。
こんなことに負けてはいけないと……。
それは、学校や会社、もしくは同居生活で起こる陰惨(いんさん)なイジメに似ているかもしれない。
自分の意思とは裏腹に、あまりのストレスで徐々に体は蝕まれていき、絡みついたヘビに栄養を吸い取られるように、日を追うごとに、心身症、心臓弁膜症、喘息、メニエル病などさまざまな病魔が襲ってきた。
誰も助けてはくれない。
日々、孤独に、ぽつねんと立ちすくむしかなかった。
誰もいない荒野で沈みゆく太陽に照らされ、伸びきった己の影が、今にも体から離れていきそうだった。
そんな時、影の先にトマトを見つけた。
トマトの陰から、ひょっこり何かが私をのぞき見ている……?
実家から届いた野菜の中に、穴の開いたトマトがあったのだ。
取り出してみると、穴の中からアオムシが1匹かわいらしくご登場ときたものだ。
「はにゃ? アオムシ?」
私は、アオムシを拾い上げ、葉っぱの上に乗せて見つめていた。
アオムシ君、私は一人ぼっちだよ。
アオムシが何をしてくれるわけではないのだろうが、この1匹の虫が、私にとっての「藁」となっていくのだった。
私が生き物と関わった原点。そして真正面から向き合うことになったのが、このアオムシだった。


