プロフィール
宇月田麻裕
作家・エッセイスト、開運研究家。ハッピネスファクトリー®代表(http://www.happiness-f.com/)。執筆、テレビ出演、講演、WEB企画プロデュース・監修など幅広い分野で活動。動物をはじめ、恋愛や結婚をテーマにした著作を数多く発表。著書に「心に残るペットと人との感動ドラマ」(学研)ほか。 

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2006年8月23日 (水)
アオムシ編1 溺れる者はトマトにひっついたアオムシにもすがる

Aomushi_from_tomamo_1  「溺れる者は藁(わら)にもすがる」という言葉がある。人間は、極限に追いつめられたときに「何かにすがりたい」という心境になるものだろう。

 時間は少しさかのぼり、でんでんが我が家にやってくる前のことだ。
 1994年1月、私はある人と結婚をした。女性であるなら大半の人が「結婚」というものに夢や理想を描き、幸せになれると信じて結婚をするもの。
 そのころの私は、数本の雑誌連載、ラジオ番組へのレギュラー出演、著書の発表と、順調すぎるくらい順調な時間を過ごしていた。そんな状況ゆえに「結婚後も仕事をバリバリとこなし、向上心を持って結婚と仕事とを両立させていきたい」と考えていた。
 しかし、結婚後、その考えを打ち砕かれる出来事が次から次へと起きていった。毎日のように嫌がらせをされ、結婚生活自体に無理な注文を付けられるようになったのだ。

「子どもを産むな」
「妻は、夫のためにだけ存在しろ」
「自分の仕事や趣味はいっさいするな」
 夫を取り巻く人々が、私にさまざまな要求をする。それはつまり、著名人であるがゆえのしがらみなのだろうか……私には理解できなかった。
彼の周囲の人間たちが、次から次へと私の自由、意志を奪っていった。

 毎日何度も鳴り響く電話のコール。
 悪意に満ちた玄関のベルの音。
 信じがたい内容が記されて精神的打撃を狙った嫌がらせの手紙。
 周囲の要求は、日を追うことに増していき、やがてエスカレートしていくようになる。

 日々、どんな罠が待ち構えているかわからない恐怖があった。
 その日一日の予定を立てていても、妨害によりすべて崩れる。
 自分の生活が、悪意ある第三者に支配される。
 悪循環。暴風。大雨。
 いつになったら、この雨は止むの……。

 私は何もしていない。嫌がらせをされるようなことも、誰かに付け狙われたり、ましてや引きずりおろされたりするような理由もない。
 たったひとつ、「結婚した」という事実だけがそこにあった。
 ただ、その事実が「著名人の妻」という薄氷の上に乗っていた。

 朝が来るのが怖かった。
 時が経つのが怖かった。
 朝から深夜まで恐怖と精神的圧迫感の中にいた。
 でも、夫との生活を守らなくてはいけないと自分に言い聞かせた。
 こんなことに負けてはいけないと……。

 それは、学校や会社、もしくは同居生活で起こる陰惨(いんさん)なイジメに似ているかもしれない。
 自分の意思とは裏腹に、あまりのストレスで徐々に体は蝕まれていき、絡みついたヘビに栄養を吸い取られるように、日を追うごとに、心身症、心臓弁膜症、喘息、メニエル病などさまざまな病魔が襲ってきた。
 誰も助けてはくれない。
 日々、孤独に、ぽつねんと立ちすくむしかなかった。
 誰もいない荒野で沈みゆく太陽に照らされ、伸びきった己の影が、今にも体から離れていきそうだった。

 そんな時、影の先にトマトを見つけた。
トマトの陰から、ひょっこり何かが私をのぞき見ている……?

 実家から届いた野菜の中に、穴の開いたトマトがあったのだ。
 取り出してみると、穴の中からアオムシが1匹かわいらしくご登場ときたものだ。

「はにゃ? アオムシ?」

 私は、アオムシを拾い上げ、葉っぱの上に乗せて見つめていた。
 アオムシ君、私は一人ぼっちだよ。
 アオムシが何をしてくれるわけではないのだろうが、この1匹の虫が、私にとっての「藁」となっていくのだった。
 私が生き物と関わった原点。そして真正面から向き合うことになったのが、このアオムシだった。

2006年8月 9日 (水)
カタツムリ編3 カタツムリは魔法使い

Dendendropping  なんと50kmという長旅をして我が家にたどりついたカタツムリの「でんでん」。
 毎日、何時間もの間、暇さえあればただ眺めては話しかけていた。
 たぶん、誰かがこの現場を目撃したならば、「カタツムリと話しているなんて、この人もしかしてヘン?」と思うかもしれない。まあ、ヘンでないとは言い切れませんが……。
 なんせ、そのときの私は、この子と一緒にいるとなぜか話しかけたくなってしまうことが多かったのだ。それは私が落ち込んでいる時期だったこともあるが、でんでんを見ていると、愉快極まりないことに気づいたからだろう。

 でんでんは、キャベツなど新鮮な野菜(葉もの)を置いてあげると、むしゃむしゃ……と、“虫”だけに“無心”で食べまくる。
 葉の端から中央を突破するかのようにひたすら食べていき、やがては葉が2分割されることもある。実は、けっこうそれを期待して見ていたりもした。
 ところが、「あと少しで葉が割れるぞ!」と私が期待した瞬間、いきなり食べる方向を変えたりする。しかも、見事に直角に移動して。

 でんでんがモノを食べているときの口も、かなりかわいらしかった。口の構造がヤスリみたいになっていて、葉をこすりながら食べている。
 そして、緑色の葉を食べた後には、むにゅむにゅ~と、緑のウンチをする。オレンジ色のにんじんを食べた後には、むにゅむにゅ~と、オレンジ色のウンチをする。
 ネットで調べたのだが、たしか、カタツムリは胆のうがないせいで、食べた物の色がそのままウンチに出てくるとあった。
 しかも、ウンチは尾のほうから出るのかと思いきや、殻の端の、つまり胴体の出入口の隅のほうから出てくる。そして、ウンチを切るときには、自分の口を殻のところまで持っていき、口で切る。

 眺めていればいるほど、おもしろい生態に気付いていく。そして、疑問も湧いてくる。その疑問を解消したいと、すぐにネットで調べる。すると、カタツムリを飼っている人のブログ(当時はブログというよりホームページでの日記というべきか)に出会い、読みまくった。それが、現在でいうところの「動物セラピー」(有名なところでは「セラピー・ドッグ」の存在など)につながっていたのかもしれない。まさに、このときのでんでんの存在は、私の心身に生気を与えてくれる「セラピー・カタツムリ」的役目を果たしていた。

 私を悩ませていた数々の出来事。それに起因した、ひきこもり、言語障害……。数々の体調異変が私を悩ませていた。そして、ただ生きることだけに必死だった。
 でも、でんでんと出会ってからは、生活が少しずつ変わっていった。意識が自分にばかり向くのではなく、でんでんに、つまり自分の外側に向くようになったのだ。
 話をしているときは、自分らしさを取り戻せた気がした。リラックス状態になれ、口から言葉がすんなり出てくるようにもなれた。心の闇が少しずつ消えていく気がした。

 小さなカタツムリでも、毎日何時間も眺め話しかけていると、いつしか私の友だちになり、家族になり、治療の先生になり……。この子と一緒にいると、毎日が驚きの連続だった。 
 楽しいサプライズを次から次へと運んでくれる、魔法使いのようなカタツムリ。
 いつの間にか、仕事をしているときでさえ手の甲に乗せてキーボードを打つくらい、でんでんに夢中になっていた。

2006年8月 2日 (水)
カタツムリ編2 長旅をして我が家へ

Sentimental_journey  実家から送られてきた野菜にひっついていたカタツムリ「でんでん」。
2mmほどの身体だけに、我が家にたどりつく前に落ちてしまったり、潰されたりしても不思議はない。
 しかし、でんでんはたどりついた。
 発見時、私が野菜を洗うために、流しに勢いよく水を流していたわけだから、小さな生き物ならば、油断していると流されてしまい、あっという間に下水道行きだ。なのに、この子は必死で私の元にしがみついている。
 不思議な感じがした。縁を感じた。そこにいることに、意味を感じた。

 このころ、離婚をしたばかりの私に、会社時代の友人がこんな話を打ち明けた。
「あなたが離婚で傷心している時期だったから今まで伝えられなかったけど……。あなたが一生懸命に支えてきた、あの人が自殺したの……」
 あの人とは、私が10年ほど勤務した会社の同期の青年だ(旧夫のことではない)。当時の私には大事な仲間や友人が多くいたが、その青年は中でも親友と呼べるほど特別な存在だった。

「いま、自殺しようと思って線路を歩いている」

 青年はほとんど毎日、深夜になると電話をしてくる。
 得体の知れぬ暗闇に、心を苛(さいな)まれていた彼。
 最初に電話で自殺したいと打ち明けられたその日から、彼をなだめ、勇気づける日々が続く。
 当時は長い時間の連なりであったが、今にしてみれば短い歳月だった。

 数年後、彼は立ち直り、独立して会社を立ち上げた。社長という立場になるほど回復をしていたのだ。
 私は嬉しくなって、彼に仕事をお願いしたりもした。そしてたった一度だけ、一緒に食事をしたとき、彼が未来に向かって歩き出したことを確信し、乾杯をした。
 しかし、その数年後……。私が離婚をする直前くらいの時期に、彼は自ら死を選んだ。

 でんでんは、実家から我が家まで50kmという長い旅路をたどってきた。
 普通のカタツムリならば、こんな距離を旅することはないだろう。しかし、でんでんはやってきた。
 私は思う。
 50km。
 カタツムリが歩いていくには、何日、何ヵ月かかる距離だろうか。一生をかけて歩いても、果たして到達できる距離なのだろうか。

 私と関わった一人の青年。彼は、三十数年間の人生の中で何km歩いてきたのだろうか。
 私が彼と知り合って十数年、彼と歩く道をともにした時期、私は喉の渇きを訴える彼に水をあげられただろうか……。
 あのとき、自分は何ができたのだろうか。
 できる限りのことをしてあげられていただろうか。
 本当は何もしてあげられなかったのかもしれない。

 人に「何かをしてあげた」なんていうのは、今にして思うと自己満足の世界なのかもしれない。
 でんでんが、葉からひょっこり顔をだす。
「ねぇ、でんでん。私はあなたの一生に何もしてあげられないかもしれない。でも、あなたとともに生きると決めた。あなたを見て生きていきたい」。
 私は、これから先の人生、どれくらいの道のりを歩んでいくのだろうか。

 でんでんは、大きくのびをするように、ツノをにゅっと突きだした。