プロフィール
宇月田麻裕
作家・エッセイスト、開運研究家。ハッピネスファクトリー®代表(http://www.happiness-f.com/)。執筆、テレビ出演、講演、WEB企画プロデュース・監修など幅広い分野で活動。動物をはじめ、恋愛や結婚をテーマにした著作を数多く発表。著書に「心に残るペットと人との感動ドラマ」(学研)ほか。 

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2006年5月26日 (金)
動物友達編 「掟」OKITE

utsukita  今回は、久しぶりに登場する、近所の「にゃんごろー」一家のお話。
 にゃんごろー一家が生活をしている川べりに1匹の白黒の子猫が登場した。
 「おや、新入りかな?」
 ぴょこりんと寝転び日向ぼっこしている愛らしいこの子猫。いつものように私は勝手に名付けた。「たま」。玉のようにまん丸な頭をしていたからだ!

 ある日、たまが川べりに佇んでいると1匹の悪そうな黒猫がヌッと現れた(もちろん、宅急便ではない!)。
 この大人の黒猫の名前は「ギャン」としよう(なんとなく怖そうで悪そうな名前だから)。
 ギャンは不敵な笑いを浮かべ(ているかどうかはわからないが)、たまににじりよる。
 川べりの幅は40cm。そこから下の川までの高さは5m。落ちれば命はない。
 「ブニャン……(覚悟しやがれ、おチビちゃん)」
 「ニャゴン~!!!!!(や、やめて~!!!!!)」
 その声とともに、たまの後足が川べりから落下。
 たまは落ちる寸前で、どうにか前足の爪が川べりに引っかかる。九死に一生。間一髪。
 ギャンは、今にも落ちそうなたまをジッと見つめていた。自然に落ちるのを待っているかのように……。しかしギャンは不思議なことに突き落とす様子を見せない。もてあそんでいるのか……。どうにか、自力で川べりによじ登ったたまは、川べりを必死で逃げる。その後ろをギャンが追いかける。
 必死で逃げたたまは、その様子に気づいた母猫の後ろに隠れた。
 母猫はわが子を自分の背後に隠した後、牙をむきギャンをにらみ続ける。こんな細い川べりで戦いになれば、両者とも川に転落して命がないだろう。ギャンは4mほどの距離をおいたまま近づくことができず、10分ほどしてその場を立ち去った。
 母の勝ち気な雰囲気がギャンを追い払ったのかもしれない。子を思う母の気持ちは人間でも、動物でも同じなのだ。

 しかし、毎日のように川べりで日向ぼっこしていたたまは、その騒動の後、まったく姿を見せることはなかった。
 消されたのか……それともどこかで元気にやっているのだろうか。

 世の中には掟がある。
 もちろん、猫の渡世にも掟はあるはずだ。縄張りを侵してしまったのか、別の理由か……この2匹の間にどういうトラブルがあったのかはわからない。マフィア映画のように抹殺されて命を奪われるほどの……。いずれにせよ、追うもの、追われるものの緊張感がそこにはあった。
 掟とは、実は恐ろしい化け物なのかもしれない。

2006年5月18日 (木)
動物家族編 くるみ、"ぴょこりん"と天国へ。

utsukita_2  その日の朝、不思議な夢を見た。家の中でハムスターが走り回っている夢。「どこいくの?」。その子に問いかける私。逃げる背を見て、必死で追いかける。追いつかない。やがて「隠れるところなんてないから大丈夫」と考え、家中走り回るその子をただ目で追い見守っている……。

 2006年5月14日。
 危篤状態になったハムスターの「くるみ」を手に抱いていた。13時35分から手に抱いていること1時間ちょっと……。
 14時45分頃。
 くるみは星になった。私の愛すべき存在の、あまりにも早い死だった。

 以前我が家にいたハムスターの「みるく」は3時間くらい手の上で苦しんでいたので、くるみの場合は、あまり苦しまずに旅立ってくれたことがせめてもの救いだった。
 星になってからさらに3時間、くるみを手の上からおろすことができない。おそらく、くるみも与えられた最期の時を私と離れたくない気持ちでいるに違いない……。この原稿を執筆している深夜になっても、一時もこの子と離れたくない。今、この子は私の膝の上にいる。私とともに画面に向かっている。

 くるみがうちの子になったのは、2004年11月17日。
 不思議なことに、今までうちにいた子たちは、必ず7の日にやってきて、7の休みの日(土・日)に亡くなっていた。なので、4月にくるみの体調が悪化してからは、7のつく日には緊張して見守っていたものだ。
 今まで何度となく生命の危機を乗り越えてきたくるみだったが、今度ばかりは身体が精神についていけなかったのだろう。どんどん身体の毛は抜け落ち、足は骨と皮だけになり、お腹が膨れていった。次第に足が折りたためなくなり、走るときも寝るときも足を伸ばすようになった。
 こんな状態を毎日見ているのは、正直、親である私としてはつらかった。毎日、朝起きたときに考えるのは「生きているだろうか」ということ。不安な気持ちで、まずは生存を確かめるのが習慣になっていた。

 この日はいつまで経っても寝床の巣から出てこなかった。だが、動いている気配がしたので、「眠くて巣から出たくないんだろう」と高をくくっていた。
 13時30分を過ぎた頃、ようやく、くるみが巣から出てきた。その姿を見て驚愕した。フラフラと頼りない足取りで、歩くのもごくわずかな距離。すぐに仰向けにひっくり返る。毛がなく、パンパンに膨れているお腹の肌は紫色に変色していた。腹水が破裂したか、内臓が壊死していたか、なんらかの出血があり、その血が身体中に広がってしまっているのだろう。すぐに手に抱きかかえた。
 巣の辺りを見てみると、お尻からその血が出てきているようで、巣は血の塊となっていた。

utsukita_3  くるみはキッチンの隅がお気に入りで、いつもそこに居座っていて、私が帰宅するとタッタッタッターと走りより、私の足の甲に"ぴょこりん"と乗ってくる。キッチンで料理をしていても"ぴょこりん"と乗ってくる。手を差し伸べると掌に"ぴょこりん"と乗ってくる。とても愛らしい子だった。そんなくるみは、今でも私の膝の上に"ぴょこりん"と乗っている。

 この日の朝に見た夢。きっと、くるみが最後に「遊ぼうよ!」と誘いにきたのかもしれない。その頃には、もう走り回る元気がないものだから、きっと夢の中で。たとえ、こんなに小さな命でも「想い」というものはある。
 今まで一緒にいてくれて、癒しと笑いをくれたくるみに、心を込めて「ありがとう」と最後の言葉を言った。

2006年5月10日 (水)
動物家族編 お星様になったでんでん

Utsukita_2  でんでん虫の「でんでん」と「ちゅっちゃん」の子供、「チビでんでん」が生まれたとたん、でんでんの体調が悪くなった。

「出産で体力を使い果たしたのかな。いよいよ、最期なのかな」。私は覚悟をきめた。
 元気なく、殻に閉じこもりがちだったでんでんのそばに、チビでんでんたちが近づいていった。
「お父さん、いなくなっちゃいやだよう!」
 チビでんでんたちの願いが通じたのか、それとも、通じなかったのか……どちらにせよ、不思議なことが起こった。
 でんでんが、一度だけ、大きく身体を伸ばしたのだ。
 その瞬間、チビでんでんたちが「僕を生んでくれてありがとう! チュッ!」とでんでんに次々とキスをしていく。そして、最後にちゅっちゃんも……。
 でんでんは彼らとの別れを受け入れたのか、その後、身体を伸ばしたまま力なくダラリとなり、再び動くことはなかった。
 でんでんは、お星様になってしまった。
 それは、秋の香りが漂い始めた新月の日のことだった。

Utsukita_3  でんでんはきっと「ちゅっちゃん、チビでんでん、ありがとう! 幸せだったよ!」と最後に言い残そうとしたに違いない。
 しかし、ちゅっちゃんのほうは、夜になっても朝になっても、でんでんの隣からずっとずっと離れなかった。
 それを見ていた私は、愛する夫を失ったちゅっちゃんの愛の深さを感じた。そしてやるせなくなり、涙が何日も止まらなかった。きっと、彼女は私以上にでんでんを愛していたのだろう。
 あまりにも動かない彼をちゅっちゃんは不思議に思ったのか? 見切りをつけようと思ったのか? 思い切って彼の上に乗った。すると、でんでんは吸着力がなくなっているため、「コロリ」と力なく転がってしまったのだ。
 これで、初めて彼の死を理解したのか、諦めたのか、ちゅっちゃんは夫のもとからスーッと離れて行った……。それ以来、まったくでんでんに近づこうとしなかった。そればかりか、ちゅっちゃんは、生きる力がなくなり、食べるものも食べず、まさに"自分の殻"に閉じこもったまま出てこなくなった。

 そして、たった一度だけ。
「さようなら。あなたたちは、元気で暮らしていくのよ」
 チビでんでんたちに「サヨナラ」を言うために、でんでんと同じように殻から出てきたのだ。そして、そのまま動かなくなった。
 でんでんがお星様になった1週間後の出来事だった。その日は、ちゅっちゃんが産んだ卵が孵化した日でもある。ちゅっちゃんは、でんでんと同じように最後の力を振り絞ってチビでんでんたちにお別れのキスをした。

 でんでんとちゅっちゃんの殻は、今、我が家のベランダに置かれた植木鉢の上にある。ふたり仲よく寄り添って。きっと、生きていたときと同じくらい幸せだろう。その幸せは、チビでんでんたちの子孫になる「チカラ」に受け継がれていると思う。奇形児ながらも一生懸命に生きているチカラ。力強く生きてほしいと私はいつも願っている。
 その後は、でんでんのお見合い相手でもあり、ちゅっちゃんと結婚したあとは親友になった「チビちゃん」が親代わりになって、チビでんでんたちと一緒に遊んであげていたのだが、その姿が微笑ましく感じられた。

 こんな小さな生き物たちから、深い愛情がうかがえる、日常のストーリー。
 愛がそこになければ、数日の間、べったりとくっついて亡骸のそばにはいないだろう。私たち人間も、愛すべき人が亡くなったとき、その人のそばを離れたくないと思う。
 私は今でも、辛いことがあると、彼と彼女の愛情の深さや前向きさを思い出すかのように、2匹の写真を眺める。すると、次第に勇気が湧いてくるのだ。
 夫婦愛、親子愛……どれをとってもこの小さな命から学ぶべきことはいっぱいある。
 この子たちは、私に生きる力を与えてくれた「神様からの最高のプレゼント」だったのだ。