プロフィール
杉作J太郎
別称・L..L .COOL J太郎。1961年、愛媛県松山市生まれ。本名・杉恭介。漫画家、俳優、コメンテーター、映画監督。男の墓場プロダクション代表。
1982年に漫画家としてデビューして以降、多方面で活躍中。著書多数。

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2006年2月24日 (金)
第3回 狂おしいほど愛おしい2ヵ月間

 この2ヵ月。
 男の墓場プロダクション。
 映画の仕上げと上映とにかかりっきりだった。上映時には毎日、下北沢駅前でサンドイッチマンをしていた。上映が終わったら終わったで打ち上げもあれば揉め事もあって、すんなり帰るというわけにもいかない。さらに上映の合間には毎日ステージショーも展開していたのでその構成も毎日考えなければいけなかったし、その練習もある。

 この2ヵ月。
 好きすぎてバカみたいな2ヵ月だった。
 そんなわけでこのブログ。更新があまりできなくて失礼しました。これからはきちんと更新するつもりでいます。ちなみにそんな感じだったから残り少なかった雑誌の連載もほとんど落ちた。

 ま、いいじゃないですか。
 開き直ってるわけじゃなくてどうにもならなかったものはどうにもならなかったのだ。
 過ぎた恋愛もそう考えるほか、ない。

Photo_218  そういえば、川勝正幸さんがステージショーに出演された日のことだ。
 川勝さんと同郷、博多からひとりの女性が映画を観に来てくれた。
「2年前、東京に来たとき、山手線で杉作さんを見かけて一目惚れしました」
彼女はそう言った。
 俺を見て痴漢だと思う女性もいれば(前回参照)一目惚れする女性もいるのだ。
「杉作さんはそのとき、掟ポルシェさんと一緒に電車に乗っていました」
ああ、あの時か。と、記憶が蘇る。少なくとも彼女は掟ポルシェではなく俺を選んだのだ。俺の中に些細な勝利のメロディが流れた。
 だが、それだけ伝えると彼女はなにもなかったかのように博多に帰っていった。

 余談だが、劇場公開中、どうしても俺でなければだめだとの熱烈オファーを受けて、早朝、大根仁さん演出のドラマの撮影現場に俳優として出かけた。
 俺の声がガラガラなので、どうしたんですかと問いかけるスタッフに、
「サンドイッチマンのやりすぎなんですよ」
とだけ答えたら会話がストップした。
 説明不足だったかなー。

2006年2月 2日 (木)
第2回 電車の恐怖

 みなさんは痴漢に間違われたことがありますか?
 俺はあります。
 なんとなく、変な目で見られた、なんていうレベルじゃなくて。
 モロ、痴漢呼ばわりでありました。
 
 それはいまから15年ぐらい前だろうか。
 場所はJR山手線。
 時刻は夜の10時ちょっと前。
 渋谷から山手線に乗って、新宿へ向かっていた。
 新宿でともだちと酒を飲む約束をしていたのだ。
 いまはもうなくなってしまった飲み屋だが、歌舞伎町のど真ん中ちょいハズレにあった民芸風のその飲み屋は画期的な低価格で当時ずいぶん重宝したものだった。
 ちなみに、酒も肴も画期的にまずかった! 喰ってる間から、
「もしかすると帰りは救急車かもしれんね」
 というくらいの食べ物が出てくる飲み屋だった。

 車内はすいていた。
 代々木を電車が出発してすこし経ったとき、目の前にいた女がいきなり俺の方を振り返って大きな声をだした。
「いいかげんにしてください!」
 最初、それは俺に対して発した声と思わなかった。俺はその女を知りもしなければ、なんにもしてないのだ。俺とその女の間は3メートルぐらいあいていたと思う。
 だが、その女は俺をにらみつけていた。
「は?」
 俺はなんのことかわからず小声で問い返した。すると、その女は言った。
「ずうずうしい!」
 いよいよ俺には意味がわからなかった。
 いや、いま、この瞬間、俺が痴漢に間違えられていること、仕立て上げられようとしていることはぼんやりとだが瞬時に理解できた。
 電車が新宿駅にすべりこんで、停車する。 ドアが開く。
 俺は降りた。
J003_1   女はまだ俺を激しくにらみつけながらブツブツ言っているが、俺はなんにもしてないのだから用事があった新宿で降りるのは当たり前の話なのだ。
「逃げたッ!」
 ホームに降りた俺の背中に女の声が飛んできた。
 だが、誰も追っては来なかった。

 画期的に安い飲み屋に到着したらボンクラ仲間がふたり、俺を待ちかまえていた。
 顔。仕事内容。雰囲気。すべては俺に不利である。
 もう少しで俺はたいへんなことになるところだった。
 まずい酒と肴がさらにまずくなった。
 電車に乗るのが怖くなった。
 どこへ移動するにも自転車を使うようになるのはそれからだった。