プロフィール
漁港/森田釣竿
フィッシュロックバンド“漁港”のボーカル・包丁を担当。魚市場で培った独特な話術から操業される(繰り出される)漁業ライブから“船長”という愛称で漁師・海女ファンに親しまれている魚系ロックアーティスト。

2009年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
アーカイブ
最近のトラックバック
最近のコメント
2006年8月25日 (金)
最終回・フィッシュボム!

Byebye  アトミックボムな唐突さだが、9ヵ月間続いたこの連載を本日で終了……yomenaine!とする。
 yomone!という媒体で俺の好きな洋(※1)に書いてほしいという依頼がやってきたのが去年の10月頃だったろうか。それからというもの、市場の暇な時間を見つけては、真面目と不真面目を文章で融合させるという俺なりの実験で成功・失敗を重ねてきた。
 なにせ俺はフィッシュロッカーであるからして、文章で評価される洋な人間ではない。だからと言っては変だが、文章を書くということがどれだけ大変であり、どれだけおもしろいものなのかという新鮮な感覚を、痛く痛く痛感した次第である。
 魚屋やバンド活動というものは、従業員やメンバーが俺を常にサポートしてくれる。しかし、文章という世界は「寝る前の頭の整頓」のような作業であり、すべて一人でおこなうという「地味だけど大切で、過酷だけど必要なもの」。
 う~ん、マイルド、う~ん、大切☆
 
 なんか、こう振り返ってみるとやり甲斐のあるものだったんだなぁ……と、今さらながら実感している。短い期間ではあったが、こんな連載でも楽しみにしてくれていた全国の漁師・海女ファンのことを思うと本当に残念ではあるが、またいつの日か、諸君のPC・MOBILE上でいろんな話ができる時がくることを願いつつ締めとし洋。
 
 ライブ漁場ハウス&浦安魚市場で待ってるぜ……フィッシュボム!

P.S.(ホントに最後!)
全国の漁師・海女諸君、そしてyomone!関係者の皆々様、有り難うございました。今後とも漁港一同、どうぞ宜しくお願い申し上げ鱒(※2)! Tsurizao Morita

<写真>
「あばよ!」ん? どっかで見たシーンだ!

※本文中には森田釣竿の独特の言い回し、「漁港用語」が使用されています。用語の読み方は以下のとおりです。
※1:よう
※2:ます

2006年8月18日 (金)
過去~現在

Kujira_1  ド素人が半人前や一人前になるまでには厳しい修行を積まなければならない。しかし、最近の人間は違うな。なんだか、理屈が先行しちゃってて、誰でも簡単に一人前になれると思っている。

 よく人にこう質問されることがある。
「漁港の活動年数ってどのくらいなんですか?」。
 以前、yomone!で書いたが、漁港が初めて組んだバンドではない。
 15歳で地元の友人と初めて組んだ「川俣軍司とロッキード事件」。その翌年、地元の先輩と組んだ「アイヤ!ひろし本気」。それから2年後、ベーシストとして加入した「ガスボーイズ」。それから、キクチレコードという自主制作レーベルを立ち上げ、「KILLINGJERK」として活動した20代前半。「THE般若」として活動した数年間。まだまだ他に活動・参加したバンドもあるが、俺が言い鯛(※1)ことは、過去がなければ現在がないということなんだ。

「D.O.A」という70年代末に英国で起きたパンクムーブメントを収録したドキュメンタリー映画を中学の同級生と観て、これだっ鱈(※2)俺でもできるかもしれないと、単純な衝動だけで始めてしまった音楽の洋(※3)なものは、本当に俺の人生を変えてしまった。
 もっと演奏できる洋になり鯛と自分に思い込ませ、練習した毎日。いざバンドを始め洋と即席で集めたメンバーで、人間関係の難しさを痛感し、スタジオ練習やライブハウスのノルマを払うためだけに夢中で働いた。
 今まで関わったバンドで得た喜怒哀楽は、今現在「漁港」として活動する俺にとって、かけがえのない財産であり力となっている。
 
 幼い頃から習い事が続かなかった俺が、唯一続けているバンドという “糧” 。遊びと勉強が自分の本能で両立できるという素晴らしい環境に出会えたことに感謝しなくてはならない。一人前への道はまだまだ遠い!

<写真>
鯨太郎(見習い)は、うちの魚屋でバイト募集して入ってきた奴なんだが、魚に興味はあっても音楽に興味が無い「普通の魚屋のあんちゃん」だ。真のフィッシュロッカーへの道のりは俺よりはるか遠い。ガンバレ! 鯨太郎(見習い)!! 
ちなみに写真は先日行った御宿での鯨のベストショット……こ、怖い。

※本文中には森田釣竿の独特の言い回し、「漁港用語」が使用されています。用語の読み方は以下のとおりです。
※1:たい
※2:たら
※3:よう

2006年8月11日 (金)
THE般若HEADACHE

Eating_haroharo  まともな音源を出さないJ-FUNKでJ-WALKな「THE般若」だが、ライブで演奏している楽曲を記録した音盤もいくつかある。
一つは日本のオルタナティブ界の重鎮「PANICSMILE」の吉田肇氏が主宰するheadache soundsからリリースされたコンピレーション第4弾『headache sounds SAMPLER CD Vol.4』。参加バンドから集めた資金をその予算とし、全バンド同じスタジオで8トラックのMTRを使用して録音。全曲、吉田氏による録音とミックスによって、音楽に鯛(※1)する情熱のみで創り上げられたこのコンピは、真の意味でのインディペンデント作品として眩しいほどの畏敬を放っている。

CD 提供した楽曲は『豚の散歩(江戸時代Ver.6)』と『形あるものは常に変化していく』の2曲。『豚の散歩(江戸時代Ver.6)』は、XTCの『Go2』と椿三十郎の映画音楽をマザー牧場で聴いたときにインスピレーションを受けて作った楽曲で、俺が夢中になって鼻を鳴らした豚鼻サウンド(ブーブー)が、ブリティッシュ・チバな迷曲となっている。必死に鳴らした豚鼻で、ハナクソが口に逆流した「秋の鼻風邪」っぽいエピソードも忘れられない。
 もう1曲の『形あるものは常に変化していく』は、もともと『色即是空』というタイトルで、初期の頃から大切に演奏と進化を繰り返してきた楽曲。Guのチェッ!が熱演する間違ったメタル魂が炸裂したギターソロは、下手に唄うことよりも強い説得力があり、聴く者を“ミニストップで一人で食べるハロハロ的な情景”へと追い込んでしまうほどの不思議な力をもっている。

 とまぁ、俺たちはともかく(笑)、吉田氏独自の観点から選抜されたバンドで構成された素晴らしいコンピレーションは、可能性ある音楽ファンに是非とも手にとって聴いていただきたい一枚であるヨ!

Panic smile→http://panicsmile.hp.infoseek.co.jp/

<写真1>
ミニストップで一人、ハロハロを食べる俺。

<写真2>
後ろ左がXTCの『Go2』で右が『THE FILM MUSIC OF AKIRA KUROSAWA』。手前が『headache sounds SAMPLER CD Vol.4』で、背景はハロハロ横断幕だ!

※本文中には森田釣竿の独特の言い回し、「漁港用語」が使用されています。用語の読み方は以下のとおりです。
※1:たい

2006年8月 4日 (金)
「THE般若」ビデオ『性夢』

 まともな音源をリリースする気持ちがいっこうに湧かない俺だったが、「THE般若」の楽曲をきちんと聞き鯛(※1)という要望の多さ(5人程度)に、考え方を変えざるをえなかった。
The_hannya_video_2  とはいえ、その当時から「生=ライブが重要で、冷凍=音源は重要ではない」という主張は強く持っており、バンド演奏をレコーディングすることだけは絶鯛に避け鯛という理由から、気まぐれに撮影していた実際のライブ演奏から『THE般若のテーマ』『鎌倉伝説~SEX&チョアイレンス』『商店街』『狼』『帰ろかなぁ』の映像を収録。
 その他に、魚市場やデ●ズニーランドが見える歩道橋等で撮影されたバンド全員の猿芝居、地元浦安の歴史をつづった長~い映像、俺がタモリ氏のモノマネを1分弱ほど無言でやっている映像等を盛り込んで、ドキュメントタッチ(!)に編集し、「生メバチ・マグロ引換券」というあり得ない懸賞券付きで発売した。

Inside_of_jacket_1  この頃、「フラワートラベリンバンド・YMO・鼓童といった先駆者のスピリットを間違った解釈で受け継いだバンド!」というテーマにバンドカラーも改装した。
 俺たちのようなテクニックも何もないバンドが、そんなえらそうなことを言うのも恐縮だが、無い頭を必死に振り絞ってやっていたのは事実だ。
 バンドとは、己自身の欲求を茶化すものだとも信じていた。
 有名になり鯛……くそ女々しい! バンドをやる人間の言うセリフではない。
 バンドで喰っていき鯛……くそ女々しい! 生活していく人間の言うセリフではない。
 なんだかそんな風に気張ってやっていた。そう……、俺にとってバンド活動というものは「闘い」と「ギャグ」そのものなのである。

<写真1>
これが「THE般若」ビデオ『性夢』。ジャケットには、メンバーの人間ピラミッドと刀と仏像と寿司とこけしと富士山と乱れた尼さんがコラージュされている。

<写真2>
内ジャケットには、小学生のイタズラ書き風に俺が殴り書いた絵や、メンバー間の確執図が乱暴に記載されていて、まったく意味がわからない。

※本文中には森田釣竿の独特の言い回し、「漁港用語」が使用されています。用語の読み方は以下のとおりです。
※1:たい

2006年7月28日 (金)
『木人拳テープ』、ついに誕生!

 ノストラダムスの大予言に世間&月刊ムーが騒いでいた1999年に、『木人拳テープ』は誕生した。
Mokujinken_tape_and_video_1  当時ドラムだったメンバー(今でも忘れられない俺史上の最重要人物!)のアパートで一発録り。内容は鯛(※1)トルどおり、ジャッキー・チェン主演の傑作映画『少林寺木人拳』がテーマとなっている。映画から木人の轟音をサンプリングし、そのノイズをループさせた上に、銭湯の裏から拾ってきた木材を俺がひたすらブッ叩いて演奏。さらに木材の音にデジタルディレイをかけて作品へと昇華させた。
Mokujinken_tape_and_wood  我ながら、映画『少林寺木人拳』に登場する木人ロードの緊迫した空気。そして、冷酷で無機質な木人の存在感……。
 だけども、着ぐるみ的なお茶目さもあり鱒(※2)よッ! という微妙な感じを、アナーキーに表現できたクオリティの高い作品に仕上がったと思っている。ちなみに、3分の手抜き編と48分の手抜かない編の2バージョンを用意した……。鯛して変わらないアルけど。

 3作目はオルタナ中国路線から、「音源よりも “おもちゃ” を売った方がファンシーだ!」という、今考えると自分でも理解し難いわがままな発想から、玩具販売路線へとバンドスタイルを変更。
 魚市場で働いていた中国人男性「林龍」の生写真と100円ショップで購入したヌンチャクをパッケージして般若玩具第1弾として発表したものの、やはり音源を作らないとバンドとしてマズイだろうと反省&実感し、申し訳なく制作した『スライム洞窟危機一髪』という作品が生まれた。
 とはいえ、作品鯛トルが示すとおり、 “スライム=玩具ありき” の話なので、音源はスライムを叩きつけた音を録音してエフェクト処理することで、あくまでもスライムのオマケとして制作し、成分配合から着色実験という試行錯誤のすえ完成された良質な “自家製「THE般若」スライム” をメインとして世に送り出したのだ。

 追記@スライムがテープに付着して音が聞けないという苦情に「スライムがメインですから!」と必死に応対したことを思い出す。

<写真1>
『木人拳テープ』と『少林寺木人拳』のビデオ。『木人拳テープ』のデザインは、昭和スタイルの中華料理屋をイメージしたものとなっているアルヨ!

<写真2>
『木人拳テープ』と木材。「せっかく撮影するんですから! フォッフォッフォッ!」とオブジェ風に木材を置いたのはうちの鯨太郎(見習い)。いくらの空箱もついでに置いてしまうセンスがニクい!

※本文中には森田釣竿の独特の言い回し、「漁港用語」が使用されています。用語の読み方は以下のとおりです。
※1:たい
※2:ます