プロフィール
水野晴郎
映画批評家、監督、脚本家、作家、作詞家、演技者、大学教授。1931年生まれ。39歳の時日本テレビの映画番組の解説者を務めて以来、映画批評家として立つ。1996年、初めて監督・脚本を務めた映画「シベリア超特急」は若者を中心に熱狂的な人気を博す。

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2006年6月23日 (金)
「11PM」からのつきあい~かたせ梨乃ちゃん

623 『シベリア超特急』の第1作でヒロインをお願いしたかたせ梨乃とは、10年越しのつきあいであった。
 彼女が「11PM」のカバーガールから、司会のサブで華やかな花を開いた頃、私も「11PM」のレギュラ-でこそあらずとも、常連として様々な特集に呼ばれていた。
 あの番組は実にユニークで、当時の敏腕プロデューサーであった後藤、そして企画者の井原という両アイデアマンのセンスが光っていた。当時、この遅い時間帯をTV局は捨てていた。金にならない時間帯である。現在ではこの時間はまだまだゴールデンタイムに近いということで、深夜に及ぶまで、つまらない芸人の面白くない番組を並べて、それでもスポンサーがついているようだが、当時はまったくの荒野だった。
 そこで2人が創り上げた「11PM」はサラリーマンをはじめ、学生、熟年層むけに作られた、いわばニュースバラエティであった。東京と大阪がメインとなり、時に大阪のよみうりテレビ班が札幌や名古屋、福岡などへ出張し、そこへ私も何度か呼ばれた。
 私が出演していた頃のよみうりの司会は、藤本義一。サブについたのが松居一代。東京の日本テレビが梨乃ちゃんや朝丘雪路がサブでメインが大橋巨泉と愛川欽也だった。
 こんな中で梨乃ちゃんと親しくなった。更に彼女が五社英雄監督に見出され、名取裕子と共に数々の映画に出演、磨かれた頃スタジオに何回も誘われて取材に行った。彼女の演技にかけた情熱に驚き、梨乃ちゃんと裕子ちゃんに日本映画批評家大賞の奨励賞を上げる努力と根回しをやったりした。
 だから『シベリア超特急』を撮ると決まった時、たまたまパーティーで逢った彼女に「僕の映画に出る?」と声をかけたら「出る! 出る!」と明るい声が返って来た。
 梨乃ちゃんのすばらしさについては、来週にまわすが、彼女にすべてをあずけてあとのキャストは佐伯大尉、車掌を除いてオーディションで進んだ。

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