プロフィール
水野晴郎
映画批評家、監督、脚本家、作家、作詞家、演技者、大学教授。1931年生まれ。39歳の時日本テレビの映画番組の解説者を務めて以来、映画批評家として立つ。1996年、初めて監督・脚本を務めた映画「シベリア超特急」は若者を中心に熱狂的な人気を博す。

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2006年2月14日 (火)
シベ超の車窓から・番外編

Mizunobeya  先日は突然飛び込んできた「水野晴郎倒れる」のニュースに驚かれた方も多いことでしょう。皆様にはご心配をおかけしましたが、お蔭さまで現在はすっかり回復いたしました。しかしながら、念のため水野はまだ療養中ですので、今回の水野晴郎「シベ超の車窓から」は、療養中の水野に代わり、水野晴郎事務所中野ダンキチが、事実を元に若干推理小説テイストに書かせていただいております。

 1月27日(金)天候晴れ。10時過ぎ。
 私は、いつものように事務所に出勤。
 そして、いつものように玄関の扉を開ける。
 ――あれ?何かが違う――
 そう、匂いが違っていたんです。
 鉄の錆びたような、あまりいい気分にならない匂いがしました。
 玄関を入ってすぐにはトイレ。
 なぜか半分開いている状態で電気が付けっぱなし。
 ――覗いて見る――
 しかし、そこには水野の姿はありませんでした。
 次は、水野の書斎をみる。
 ――いない――
 とりあえずカバン、上着を仕事部屋に置き、おかしいなと思い奥の部屋を見ると。
“ドドドーン”
 そこに広がっていたのは、口が血まみれになって床に横たわる水野の姿!!
 いたるところに広がる血痕。
 まるで殺人現場のような光景が広がっていました。

 息があるかをまず確認。
 荒いが呼吸はしていました。
 ―生きてる―
 これが発見時に浮んだ感覚です。
 そして水野に声をかけるが「大丈夫……。大丈夫……。」としか言わない。
 しかし誰が見ても大丈夫じゃない状態だけは確実。
 あわてながらも、とりあえず救急車を呼ぶ。
 5分程度で、救急隊員が到着しました。
 「現場はどちらですか?」「どんな状態ですか?」矢継ぎ早やにでる質問を受けながらの案内。
 「水野さんわかりますか?」「大丈夫ですか?」との問いかけにも、まともな返事がかえってこない状態。
 血圧測定。心拍数計測。様々な医療器具を使いチェック。
 「これはちょっと、普通の病院では無理かも知れません……」

 状態を見て、通常お世話になっている病院ではなく、設備が整っている救急病院への搬送先が決定しました。
 運び出し。
 ですが、事務所は12階で、移動手段はあまり大きくないエレベーター。
 そこで、金属の芯棒が入っていない布製のタンカにのせて移動させる事になりました。
 「せ-の!」という掛け声とともに水野の体をタンカに移します。
 その瞬間「痛い!」といったかと思うと“ゴボッ”と口から血を吐き出しました。
 「ビニール袋! ビニール袋!」
 袋を水野の口に当てます。
 「発見者の方、これ病院に持っていきますから!」
 「はい、お願いします」
 そんなやりとりもありながら、準備が整いました。
 「じゃあ運びますんで、戸締り、火の元、確認して下さい」
 こんなときは慌てるもの。
 隊員の方からの的確なアドバイスです。
 外へ出るまで、およそ10分位かかったでしょうか。もしかしたら5分位だったかもしれません。いずれにしても、短くもあり長くも感じた時間でした。
 そして、救急車はサイレンをならして病院へ向かったのでした。

 およそ5分程度で救急病院へ到着。
 受付を済ませて、診断を待ちます。
 するとしばらくして救急隊員の方から声がかかりました。
 「数値が安定したら、もう一度移動します。場所は水野さんがかかりつけの病院です」
 ――あんまり良くないのか?――
 という思いがよぎります。
 ほどなくして準備が出来たので、またしても移動。
 ガタガタとゆれる救急車の車内の居心地は、心象的なこともあっていいものではないです。
 そして目的の病院に到着。そのまま治療室へ運ばれていきました。

 そこからは、ひたすら待つのみ。
 待っている間には、看護士さんへの状況報告です。
 発見は何時でどんな状態で、昨日の体調はどうだったか、食事は、……等々。
およそ1時間が経過した頃に、「内臓検査を行います」とのことで、カメラによる検査が行われました。
 病院の先生が戻ってきました。「異常は見られないようですが、このまま入院していただきます」
 そしてそのまま、病室へ。
 水野は薬のせいもあり、ぐっすりと眠っているようでした。

 その場にいても邪魔になるだろうということで、私は病院を失礼させていただきました。
 時計は午後8時を回っていました。

 そして一夜明けて翌朝8時半――
 私の携帯電話が鳴りました。見たことのない電話番号です。
 「はい、中野です」
 すると電話の向こうでは、咳払いの音がした直後に
 「もしもし~、水野です。迷惑かけてごめんね~、昨日は悪かったね~」
 私の頭は混乱しました。

 ――ハ? ヘ? エ? まさか? ウソだろ――
 
 そう電話の相手は確かに、閣下です。マイクです。水野です。
 これには心底ビックリしました。
 しかも昨日倒れていた人からの電話とは思えないくらい元気なハリのある声でした。
 詳しく話を聞けば、倒れたことや運ばれたことはまったく覚えておらず、目覚めたときにはどこにいるのかが、わからなかったんだとか。

 これで一安心。私も、ホッと胸をなでおろしましたが、次の瞬間にはこの言葉が浮びましたした。

 ――出た! これが本当のドンデン返し――

 まさに、実生活も“シベ超”さながらです。
あぁ、「シベリア超特急」今後も皆さんからの声援を受けまだまだ走り続けそうです。

 そして水野からの電話の最後は、こう締めくくられたのでした。
 「じゃあさ~、さっきの悪かったついでにさ~、今日病院に来てもらって眼鏡持ってきてくれよ~」
 “悪かったついでに”の“ついでに”ってなんですか?
 なんなんですか閣下~!!!

水野よりコメント
 このブログを楽しみにしている皆さん、そして、私が倒れていることを知っていろいろと心配してくれた皆さん。
本当にご迷惑をおかけいたしました。
 おかげさまで、体調は良くなってきています。
倒れる前のように体力が戻るには、もうしばらくかかりそうですが、必ず元気な姿で皆さんにお目にかかりたいと思っています。
 今後とも、講談社デジタルエッセイ「yomone!」ならびに、「シベ超の車窓から」をどうぞよろしくお願いいたします。(水野晴郎)