『シベリア超特急』がここまで人気を得、有名な映画になったのは様々な人々のバックアップのおかげだ。
まず第1作が封切られた時、一般の評判はおよそひどいものだった。「ドンデン返しが2回もあるとは何ごとだ」「列車が動かないのはどういうことだ」「評論家水野晴郎の中身を疑う」「これはおバカ映画だ」
ネットなどでボロクソに言われた。ひどい奴は勝手に映画から写真を使って、著作権など完全無視で悪口を言った。今にして思えば、本道とも言える映像を中心にした1950年代の映画の作り方にとまどいを感じたのであろう。
そんな四面楚歌の状況で、こんな言葉をお友達のみうらじゅんさんに語ってくれた方がいた。「面白いわよ。あなたごのみ」
それはナンシー関さんであった。あの今は亡き名版画家であり、エッセイストとして有名な方である。
早速みうらじゅんさんがご覧になって「これは久しぶりのスター映画だ。フェロモンがあふれている」とのお言葉をたまわり、マイブームとしてみうらじゅん賞を贈っていただいた。
これは嬉しかった。
以来、火がつき、関根勤さん、小堺一機さんも大きくラジオで取り上げてくださった。
大槻ケンヂさんもファンになり、みんなが口を揃えて面白さを伝えてくださった。
およそ売れなかったビデオも各社から再発売の申し出があり、燎原の火の如く話題は広がっていった。
ありがたいことだ。
それで第2作のスタートとなった。まだまだバカ映画と思っているマスコミも多かった。
第1作を見ていなくて、けなせば流行におくれないと思っているバカ評論家もいた。
所詮彼等は評論家ではなく評判家なのである。決して長続きはすまい。
こうした人たち、ファンに支えられて第7作の完結編を遂に迎えることになった。




