プロフィール
みうらじゅん
1958年京都府生まれ。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。以来、漫画家、イラストレーター、作家、ミュージシャン、ラジオパーソナリティーなどで幅広く活躍中。近著に写真集『アイノカテゴリー』(ぴあ)、『青春の正体』(ベストセラーズ)などがある。

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2006年4月26日 (水)
第12回 自由

 何やら「自由」について難しい説明がある。

“一般的には責任をもって何かをすることに障害(束縛・強制など)がないこと。自由は一定の前提条件の上で成立しているから、無条件的な絶対の自由は人間にはない。自由は、障害となる条件の除去・緩和によって拡大するから、目的のために自然的・社会的条件を変革することは自由の増大である。この意味での自由は、自然・社会の法則の認識を通じて実現される”
 
 読めば読むほどサッパリ分からないが、子供たちはどうやら書道によって自由を訴え始めたようだ。
 
Miura0418_1  オレが子供の頃思った自由は、好きな時に好きなだけテレビが見られる権利と、「早く入れ」と、親に催促されず好きな時に風呂に入っていい権利と、したい時にしたいだけオナニーができる権利の3つ。それは19歳で上京した時、全て勝ち取った。
 
 しかし、自由というものは喜びの反面、退屈なものでもある。何だって自分一人でできることには飽きがくる。そんな時、またも人は他人による束縛が欲しくなって約束を交わしたり、わざと面倒なことに巻き込まれたくなるものだ。

“チッ! 自由が欲しいぜ”

 そんなこと言っている内が一番、自由を大切に思っている時だ。
 大人になって気づいた最大の自由とは死ぬことであった。死んだら何もかもおしまい。何もないことが本当の自由としたら、人はいつか望まなくても自由を得ることが出来るのである。だからそれまでは努めて不自由に、不自然に生きることが大切だ。人生とは“ジラシープレイ”のようなもの。自らを焦らし、焦らし、なかなか掴めぬ自由にもがき苦しむマゾになれ。

2006年4月19日 (水)
第11回 鍾乳洞(S.N.D.)

「乳頭の色は?」

 かつてオールナイトニッポンで笑福亭鶴光が放ったギャグは今もオレの脳裏に宿便のようにこびりついてる。
 このギャグのすごさはコール&レスポンス。聞かれた女子が「ピンク」とか、「茶色」などと答えるまで言い続けられることだ。今では完全なセクハラ行為。それでも70年代(日本の土着期)は男女とも大らかに笑い転げ、その年の豊作を祈ったものだった。

「乳洞の色は?」

 今もその風習が残っているのは日本各地に存在する鍾乳洞と、秋田県の乳頭温泉のみとなった。
 乳洞の色は大体、似ているが、それでも洞内に入りエコーがバッチリ利いた状態で発する「乳洞の色は?」は、地底を征服した気持ちになって楽しいものだ。

 有名所では山口県の秋芳台。町一体が石灰岩大地でカルスト地形が発達した。人は自然に対し驚異や畏敬の念を抱くが、その反面、己らの生み出した名称を付け、“分かったつもり”になるのも得意だ。
 鍾乳洞の入り口は大概、ラブホの駐車場に似ているものだ。緑色のビニールシートに切れ目が入り暖簾状になっているあのカンジ。当然、鍾乳洞業界は“ラブホのビラビラ”とは呼ばないが、「カーテン」などという名称が付けられている。
「こんな硬いカーテン、ねぇーよ!」
 ツッ込んでこそ、鍾乳洞ファンというものだ。
 中に入ると、まるで東宝怪人映画『マタンゴ』。イボイボ、ゴツゴツの岩に対し、“仏様”なんて名称が与えてある。
「かなり、無理あるよなぁー」
 ツッ込んでこそ、鍾乳洞ファン。

Miura11_1  「きょ……巨乳っ!! ど……どこが!?」

 これは福岡県の千仏鍾乳洞の中でのこと。「乳頭の色は?」なんて聞いている場合じゃない。一体、どこがどーなって、どういうカンジを“巨乳”と、名付けたのか? サッパリ分からない。
 でも、これはオレの好きな夏目理緒やほしのあきの巨乳ではないことだけはハッキリ分かった。