プロフィール
みうらじゅん
1958年京都府生まれ。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。以来、漫画家、イラストレーター、作家、ミュージシャン、ラジオパーソナリティーなどで幅広く活躍中。近著に写真集『アイノカテゴリー』(ぴあ)、『青春の正体』(ベストセラーズ)などがある。

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2005年12月27日 (火)
第三回 ドチャックとレオン

 “旅の恥はかき捨て”

 そんな言葉があるように、オレは旅に向かう東京駅で「LEON」を購入してみた。

 運悪く特大号らしくズッシリ重い。紙袋に入れてもらったのだが、いつ破れて飛び出るかハラハラしながら新幹線に乗り込んだ。

 隣の席はいとうせいこう。

 もう十年近く続けている各地の仏像を見て回る(見仏:けんぶつ)旅行の始まりだ。最近では京都・奈良の仏ゾーンを離れ、かなり渋めの地帯でパ・リーグのような仏像を見ている。

「今回はどんな“仏パ”を見るんだろうね」とか、車中で喋っていて思い出した。

 すでに重さでビリビリになった紙袋から「LEON」を出して、「見ます?」と聞いたら、「一度見てみたかったけど、勇気がなくて」という返事。さっそく二人で一冊の「LEON」を開いてみた。

 「もうどうやら“ちょいワルオヤジ”は古いらしいよ。今では“ちょいロク”なんだって」「ちょいロクって何よ?」「ちょいロクデナシ」「やっぱスゲーや、コレ!!」と、盛り上がっていると切符の点検が回ってきた。

 長髪とオカッパのオヤジが一冊の「LEON」を仲良く見ている図はかなり痛かった。  寺回りをしている時もオレのカバンには「LEON」が入りっ放し。どこで捨てていいやら困ってしまった。

Miura12262psd 「ここに置いとこうか?」

「いたタヌキの前はマズイだろう」

Miura12261psd 「じゃ、七福神の前にこっそりと――」

「いや、それも合わないよ」

 そんなことを言い合って結局、東京に持ち帰ってしまった。

 都会ならまだしも、土着(ドチャック)の激しい地方には「LEON」の置き場所なんてどこにもないことを学習した旅だった。

2005年12月16日 (金)
第2回 ドチャック 地獄マップ

 最近はもうテキトーで、大体分かればいいと思ってた。結論なんて無いんだし、答えはいつも風に吹かれてる。
 生まれたのは偶然で、死ぬことは必然。そんな儚い人生のために、焦ってみたって仕方ない、そんな風に思ってた。
 ある友人から突然「地獄ってあるのかな?」と、質問を受けた。酔っているのかと思いきや、友人は真顔だった。
 そんなことを聞かれても困る。オレも地獄なんて一度も行ったことがないからだ。
 友人は現世で犯した罪の全てを閻魔大王が裁くことに不安があるという。
 「嘘も方便ってあるでしょ」、人を傷つけまいと嘘をつくこと。大概、大人になれば人を愛するためには嘘の一つや二つは必要になる。「それを都合いいって取られやしないか?」、友人はすでに閻魔に会うという前提でオレに言い訳しているのだ。
 今までついてきた嘘の全てを読み上げられる、しかも公衆の面前で。
 「でも、いいじゃない、だってみんな地獄に堕ちた亡者なんだから」。
 そう答えると友人は、さらに真顔となり
「せっかく生きてる内にいい人を演じたのに台無しじゃないか!」。
と、訴えた。
 人は終わりがあると思えばこそ計画が立てられる。エンドレスな人生なんて本当は望んじゃいないのだ。

Miura30 ここに謎を解き明かす一枚の図版がある。
 中央には誰もが恐れる地獄の文字。全体からしてスペースは意外に小さいことが分かる。“現在地”とは、堕とされた時の立ち位置であろうか?
 まわりにはカイマンやアリゲータ、クロコダイルと書かれ、どうやら逃げようにもワニが待ち構えていることが分かる。
 亡者たちはこの地獄のまわりをエンドレスにグルグル回り続けるのであろうが、救いは唯一、売店だ。きっと地獄まんじゅうや、閻魔のキャラクターグッズなど、現世では決して手に入らない土産物がごちゃまんとあるのだろう。ここにずっといることは出来ない、たまに寄ればいい。
 最近はもうテキトーで、大体分かればいいと思ってた。でも、この地獄マップだけは生きてる内から頭に叩き込んでおいた方がいい。友人もオレも、みんなたまに売店で落ち合おうじゃないか! 地獄があるという前提の話だけど――。

2005年12月 9日 (金)
第1回 フィギュアのドチャック「フィギュ和」

 子供時代、号泣したフィギュアがある。
 オカンに無理矢理連れて行かれた大阪府枚方市「ひらかたパーク」(通称・ひらパー)で毎年開催してた“大菊人形”であーる。Photo_12 

 人形を模したものをフィギュアと呼ぶなら、当然、菊人形もフィギュア。ガンダムやエヴァと何ら変わりはないはずだ。しかし、どーもしっくりこないのは菊人形の材質とニオイ。
「ほら、菊がキレイでしょ」
と、大人は菊の花を誉めたが、体中にビッチリ埋め込まれた菊人形というものが子供心には不気味で涙まで出てきた。
「ほら、このお姫様、キレイねぇー」
 その時、大人は嘘つきだと思った。
 会場には何十体もの菊人形、むせ返るような菊の花のニオイ。閉館後の闇の中、こんなものがウジョウジョ動き出しているところを想像しただけで全身に鳥肌が立った。

Photo_10 カッコイイものだけがフィギュアではない。都会生活から廃除された土着(ドチャック)な和テイスト、決して自分の部屋には飾りたくないフィギュアが存在する。
 オレはそれを「フィギュ和(わ)」と、呼ぶことにした。
 明治時代から始まったフィギュ和・菊人形、何と2005年で96回目。そして何と今年でその幕を閉じてしまった。言わんこっちゃない、怖過ぎなのだ。それなら始めっから「恐怖のフィギュ和・大菊人形」と銘打っとけばそれなりなマニアがついたのに。
 またひとつ、この日本からドチャックが消える。オレは最後の見納めと、ひらパーに向かった。噎せ返るような菊のニオイに会場は包まれ、“もはや泣く歳ではない”と、菊人形を見つめた。
 うーん……やっぱ、ちょっと怖かった……。

2005年12月 1日 (木)
序章 オカンから始まるドチャック!

01_16「あんた、たまには帰ってきぃーや」

 田舎からオカンの電話が入る。

 上京して、まだ右も左も分からぬ都会生活。アパートの窓からは遠く高層ビル街が見える。見るもの聞くもの、何もかもが新鮮で刺激的。初めての一人暮らしで得たものは自由と、そして孤独感――。

「うん、暇になったら帰るさかい」

優しいオカンの声を聞き、本当は今からでも帰りたい気持ち。でも僕には意地がある。そう易々と帰省しては都会人1年生のプライドが廃る。だって僕は田舎を捨てて、ここに居るんだ。

その内、友だちもでき、電車も乗り継げ、コンパもし、彼女もでき、童貞も喪失した。もう僕は都会人として一人前だと思った矢先、田舎からアパートに段ボール箱が届く。

中を開けるとリンゴやミカンに混じって大量な数のホカロン、そして何よりも困ったものは綿入れの袢纏(はんてん)。

“カゼひかないよう温かくしなさい”と、オカンの手紙入り。

忘れかけていた土着が、都会のビルを掻き分け、猛スピードで僕に押し寄せる。

捨てるに忍びないので押入れに仕舞い込むが、いつもオカンに監視されてるようで気が気ではない。

「オレはもう都会人なんだぞ!」

大声で叫んでみる。

クールでいたいんだ! 過去の自分はなかったことにしたいんだ!

ある大雪の夜、アイツを出して袖に腕を通してみた。

“あったかい……”

僕は突然、田舎に帰りたくなった。

アイツの名は『ドチャック』、泣きたくなるよな切ないヤツ。

 

当連載はそんな都会生活の妨げになるドチャックなモノや風景にスポットを当て、民俗学の域に持ち込もうというものであーる。