プロフィール
川奈まり子
1967年11月9日生まれ。短大卒業後、出版社のデザイン室勤務を経てフリーライターとなり、31歳でAV女優としてデビュー。2003年8月溜池ゴローと入籍し、AV引退。2004年11月、男児を出産。現在、育児のかたわら著述、作画方面で活躍中。
溜池ゴロー
2009年12月
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2007年4月13日 (金)
~お金の話。AV嬢の場合。貯金とヒモ嫌いと貸す決意。~

 溜さんの預金残高について、私は楽観的にすぎました。彼の態度が少しも変わらず、相変わらずのんきなものだったので油断しておりました。家賃とこの赤坂界隈の物価の高さから推して、かなり減っているだろうとは思っていたのですが……。
 「50万円なの? たったそれだけ?」
 多めに下ろしたから財布に1万円札が何枚かあると溜さんは言い、さらに、ウィークリー・マンションを出るときにデポジットの一部がバックされるはずだ、と付け加えました。
 「そういうのも全部足すと、俺の財産は70万円くらいってことになるかな? なに、心配するな。それぐらいあれば、ここの契約が切れるまでは、なんとかもつ」
 ウィークリー・マンションの部屋の契約は来月の20日が期限だということでした。あと3週間あまりしかありません。そりゃあ、もつでしょうとも。だけど、その先は?
 「それから?」
 「それからって?」
 「契約を更新するんでしょ、もちろん」
 「しないよ」
 「しないの!? ここを出て、どこへゆくの?」
 「まだ決めてない。しかし、出るしかないよ。家賃が高すぎるから」
 「だけど、どうする予定なの?」
 溜さんの実家の事情を考えると、私のように出戻るわけにはいかなそうです。
 寝袋持参で制作会社に棲みつくのも、どうかと思う。20代の駆け出しADだったら、それもあり。けれど溜さんは年を取りすぎています。
 では、やはり部屋を借りる? けれども溜さんの仕事のパターンを考慮すると、制作会社に近い所でなければ寝に帰るのも難しく、近い所というと港区か渋谷区内で、お家賃はそれなり。新規に入居するとなれば、下手をすると一気に100万円近い出費を覚悟しなければならないでしょう。
 「それは……これから考える。川奈は、どうする?」
 ――どうしましょう?
 私の貯金は、2000年1月末のこの時点で、450万円ありました。内、200万円は銀行の定期預金で、新居を定めて実家から移る際には、これを解約して引っ越し費用にあてるつもりでおりました。
 ウィークリー・マンションを出てから後までも溜さんとの同棲を続けるかどうかについては、まだ迷っていました。ただし、母にも忠告されたことですが、私のアパートに彼が居ついてしまうという事態は避けたいと思っていました。
My_lonely_imagination こんなふうな場面をたびたび空想しておりました――大年増のAV嬢の貧しげなアパートで、日がな一日、中古の編集機にしがみついている中年男。別れた妻に収入の大半を吸い上げられてコーヒー代にも事欠く男が、ふいに振り向き、空腹を訴える。「何か買ってくるわ」と応じる女の目の下に小皺が目立つ。男が財布を出そうとするのを押しとどめて彼女は言う。「私が払うから」。去ってゆく女のやつれたふくらはぎ、片方のストッキングが伝線している。それを見送りながら薄い財布をしまう男。みじめったらしく歪んだ彼の顔――。
 私には、恋人をひざまずかせる趣味はありません。どちらかというと私の男には、私よりも高い所に居て欲しい。
 偉い人が好きなのです。先輩とか師匠とか。神様とか。
 前の夫が私よりも二回り年上だったのは、たぶんこうした志向に起因していて、考えてみれば溜さんも年上で、おまけに監督です。監督は偉い。いえ、AV嬢にとって、監督は偉くなくてはいけないのです。
 私に言わせれば、偉くないAV監督なんて、ヒモです。
 女を飯の種にしているわけだから、もしも尊敬できなければ、その男は明確にヒモ。
 ヒモをぶらさげるのは御免だ、と私は溜さんの顔をあらためて見つめながら思いました。
 ――しかも、生え際が後退してるヒモなんて! 胸毛のあるヒモなんて!
 人類の雄らしい特徴が顕著な溜さんは、胸を張っていてこそ美しい。彼には、是非とも、エラい男のままでいてもらわなければ困ります。
 決心するまで、1分間ほどかかりました。
 今後どうするつもりか私に尋ねてから60秒。そわそわしはじめた溜さんに、私は申しました。
 「できれば一緒に住みたいな……」
 彼のプライドを傷つけないように、細心の注意を払う必要がありました。
 同棲しましょう、これから必要になってくるお金は私がすべて貸しましょう、と、まっすぐ言うのは簡単ですが、それでは「あんた金がないから!」と罵るのと同じこと。
 愛されたくなければ、本当のことをズバズバ言ってしまっても構わないのですが。
 「実家から独立するつもりで私が貯金してたの、知ってるよね? だけど、このウィークリー・マンションで溜さんと一緒に暮らしたら、もう、独り暮らしなんて切なくて……」
 水を向けると、みなまで聞かずに溜さんは、いきなり私をぎゅうっと抱き締めました。
 そのとき私たちは都合よくベッドの上に居りましたので、彼は脚まで使って私の全身を雑巾みたいに絞り上げ、そして耳もとで息を弾ませて、
 「俺もだよ。ここに来てから、毎日が楽しくて嬉しくて、こういうのがずっと続けばいいなと思ってたんだ! ああ、よかった。同じ気持ちだったんだね! 愛してるよ!」。
 ――またしても愛の告白です。たぶん1000回目くらいの。
 最愛の人への返答にふさわしい言葉がいくつも頭に浮かびました。「ほざくな」「よくもぬけぬけと」「脳天気」などなど。
 抱き合うとき以外は、背中を見せてばかりいたくせに。
 暮らしとも呼べないような日々の中で。こんな、昼でも薄暗いような部屋で。
 ずっと続くなんてとんでもない! ここは好い場所ではありません。私も他人様のことをとやかく言える身分ではないけれど、怪しげな人たちばかりが出入りしていて、いつも壁が結露で湿ってカビっぽくて。この場所に来てから私は飲みはじめ、絶えず嘘をついて不品行を隠すようになり、女としても人としても下降線の一途をたどっております。……場所に責任転嫁してはいけないことかもしれませんが。
 しかし、ここを脱出すれば世界は明るくひらけてくるという予感がありました。
 それは、箱の中に閉じ込められた猫の予感に過ぎなかったかもしれません。そういう災難に遭うと猫は、外の世界はパラダイスだという確信を徐々に深めてゆくものです。そして蓋を開いてやると、狂喜して踊り出る。
 私は、彼が言ったような、長く続くことを願いたくなる毎日や、楽しく嬉しい暮らしぶりというのは、だからすぐそこの未来に在るに違いない、と、このとき直感いたしました。
 溜さんは私に借金することが、これで決まりました。いくら貸せとも、それを返すとも彼は言わず、そしてまた私も言質をとることは一切なかったにもかかわらず、確かに契約は成立しました。彼に何かを約束してもらうまでもありません。彼の名誉を、私は必ず守るでしょう――彼が返せないときは、貸さなかったことにすればいいのです。
 彼を、女に借りた金を踏み倒すような最低のヒモにするわけにはいきませんから。
 繰り返しますが、私は偉い人が好きなのです。神様とか、監督とか。
 彼が私の神ならば、私は祈ろう。それしかありません。しかし、人が人に対して、突き詰めれば他に何ができるでしょう? 最後は祈るしかない。そう私は思うのです。
(つづく)

2007年4月 6日 (金)
~お金の話。監督の場合。~

He_is_pure  ところで、溜さんは本当に、信じられないほどお金を持っておりませんでした。
 私と出逢った1999年にはAV業界では権威のある“オレンジ通信監督賞”と“ビデオボーイ監督賞”をダブル受賞し、それ以前にも小さな賞はたくさん取っているということでした。複数の専門誌に毎月、彼の作品が紹介されており、しかもそれらの多くは、単なるレビューの枠を越えた大きな扱いの記事でした。監督歴こそ2000年当時で丸6年と短かったものの、知名度は業界内では抜群で、スポーツ紙や実話誌にもちらほらと彼のコメントなどが載るようになってきていました。
 溜池ゴローはAV業界の優等生でした――いろんな意味で。
 30歳とデビューが遅かった分を埋め合わせるかのように、彼はよく働きました。監督作が月に5、6本出るのは当たり前、多いときは7、8本。その大半が大予算の単体作品で、1本あたりの撮影日数は3日以上、2日3日では済まない凝った編集のすべても彼自身が担当していました。彼の得意とするところでもあり評価も高かったジャンルは“ドラマもの”で、AVばなれのした台本を自分でせっせと書いていました。
 典型的な量産型で、なおかつリリースされれば8割方は大ヒット。しかも彼の作品は、多くのAVのような過激さを売りとするものではなくて、旧き好きロマン・ポルノの系譜を汲んだソフト路線でしたから、大手メーカーや健全経営を心がける大規模店から愛されました。本人が違法行為に手を染める危ないタイプではないというところも、優遇される一因となったでしょう。
 AV監督というと、胡散臭くて危険な人物だというイメージが世間にはあり、事実そういった人もちらほらいることはいるのですが、イメージはともかく現実問題として、翌月も翌々月も確実に一定の本数を撮る監督をメーカーは好むものです。
 そんな溜さんのAVは、マニアックなAVユーザーから「退屈」と叩かれることもありましたが、ラブ・ホテルで憩うカップルに提供するCS放送にはもってこいでした。優等生というのは、つまり、そういうことです。
 ――こんな溜さんが実は貧乏というのは、可笑しな話でした。
 私も最初は知りませんでした。渋谷区の住宅街に一戸建てを借りて住み、あっちでもこっちでも褒めそやされている有名監督ですから、それはもう贅沢に派手に暮らしているのだろうとばかり思っておりました。
 そのわりに身なりが粗末な気はしていましたが、見てくれに構わない人なのだろうと好意的に解釈し、また、車も持っておらず、家にあるヨーロッパ車は奥さんの持ち物だと聞かされても、運転が不得手だから持たないのだと勝手に推測していました。実際、溜さんは物凄い方向音痴で、ホテルの中でも道に迷うほどでしたから、彼に公道で車を走らせるのはまずいだろうと私は思い、そういう自覚が彼にもあるのだろう、と。
 溜池ゴローと同格のAV監督たちは、優雅な生活を営んでいるようでした――よくは知らずとも、撮影現場にいればそういう情報はいくらでも噂で流れてきました。ある監督の自宅には映画館もどきの立派なビデオ上映室があり、別のある監督は主演女優の送迎にはジャガーを、自分の下駄がわりにはベンツを乗り回し、海遊びのためのクルーザーも持っているらしい、とか。
 溜さんの収入が思ったほど多くないと知ったのは、『飼育』の構想を話してもらったときです。1999年の秋頃だったと思います。
 「こんどの川奈の作品は、川奈の元のご主人との思い出にヒントを得ていて……つまりお金持ちの年上の男性と、娘みたいに若い妻との愛と別離のドラマにしたいんだ」
 お金持ち、と言うときの溜さんの口調が奇妙に丁寧で、思わず笑ってしまいました。
 「金持ちには違いないけど、けっこうケチだったわよ」
 「だけど、世界一周旅行に連れてってくれたんだろ? 家やマンションがあちこちにあるんだろ? お金持ちだよ」
 私の考えでは、旅行や不動産については、そういうものが好きだというだけのことです。金持ちだけれど借家に住み、町内から一歩も出ない。そんな人もいるでしょう。
 溜さんこそ、それなりにお金があるのに使わないだけだろう、と、そのときまで信じておりました。それで、言ったのです。「溜さんもおうちを買ってもいいんじゃない?」と。
 真剣な提案とか、そういうのではなく、ほんの雑談のつもりでした。楽しい無駄話――彼は、そうだね、と答えるかもしれない。それとも、まだいいよ、と言うかしら。世間の男たちと違って俺は身軽でいたいんだ、なんてね。
 けれど、溜さんの返事は「無理だよ」でした。
 「無理だよ。だって俺の貯金って、200ぐらいだもん。家なんか、考えたこともないよ」
 「……200万円? 全部で?」
 肯定する溜さんに、私は訊きました。
 「収入は?」
 すると彼は、恥じるどころかむしろ威張って言うのです。
 「まず、専属してる制作会社から固定給が月30万円。それと、1本あたりの監督料が10万円……というのはメーカーから直接支払われるんじゃなくて、その制作会社を通して貰っているんだけどね。今月は10万掛ける6と30万で90万。コメント料や何かの細細したのも合わせたら、100万円弱だ」
 ――威張れる金額です、無論。私より多いし。でも、月収100万円は、予想していたよりはずっと少ない額でした。
 「……じゃあ、年収は1000万円を超えるわね」
 「え? 700万円くらいだよ? だって、もっと少ない本数の月もあるし」
 それでは私と大して変わらないではありませんか。私は必死に食い下がりました。
 「6本以上撮ってるときもあるじゃない!?」
 「撮った本数のまま支払われるとも限らないんだ。遅れることもあるんだよ。そりゃ仕方ないさ。いずれ支払われればいいんだよ。いつかは払って貰えるだろう」
 「編集料は? 脚本料は?」
 「監督料にこみだろう。ふつう、そうだよ」
 「ヒットして何万本も売れても、1本10万円こっきりなの? 印税は?」
 「AVに印税はないよ、ふつうは」
 溜さんの常識は非常識でした。まったくなっちゃいない、と私は憤りました。
 「お人好しだわ、溜さんは。もっと他にやりようがあると思う」
 彼は、しかし今の位置が気に入っているのだ、という意味のことを言うのでした。
 「俺、請求書も書かなくていいんだぜ。Lが面倒なことは全部やってくれるから。純粋に、作品創りに専念できるんだよ。このままでいいよ、俺は」
 「…………」
 「貯金が200万円ってのは、それにしたって少ないかもしれないね。不思議なんだよ、自分でも。だって俺は、パチンコも麻雀も競馬もやらない。風俗には、助監督をしてた若い頃に一時ハマッたけど、もうずっと行ってない。嫌いなんだよね、風俗店の雰囲気。ホステスとかも苦手。だから飲むのは居酒屋で、酒には金をかけてない。服も、GAPとか、最近はユニクロとか……。ヨウジ・ヤマモトが本当は好きだけど、そもそもデパートのブランド服売り場やブティックには滅多に行かないんだ。気後れしちゃうから」
 「それじゃ、いったい何にお金を使っちゃうわけ!?」
 そうしたら、溜さんは真面目な顔で、私を指差したのでした。ピストルの形を真似て。
 撃たれた瞬間、思い浮かべたのは、前夜から今朝にかけてのデートコースでした。
 新宿の串焼き専門店が2人で約3万円、その後入ったショット・バーのツマミとワインとカクテルがたぶん2万円近く、歌舞伎町のラブ・ホテルが1万円くらい。
 げんなりした気持ちで、目の前に並んだ喫茶店のモーニング・セットを眺めました。メニューに800円のと1000円のがあり、2人とも1000円の方を頼んだのでした。
 品物を買ってもらったことはありませんでした。ときどきワインを奢ってもらいましたけれども、1万円以上の上物をねだったことはなく、私が彼の金喰い虫になっているという覚えはまったくございませんでした。
 デート1回につき、少ないときでも5万円ぐらいのお金を、彼は費やしておりました。
 そういう逢瀬が次第に頻繁になり、その頃には2日か3日おきになっていました。3日おきなら月に約8回。単純計算で40万円です。
 「そんな暗い顔しないでよ。ごめんね。全然、責めてないよ。川奈のせいだけじゃないから。ほら、夏頃までは何人も他に女の人がいただろ? あの頃の方が浪費してたと思うもん。全員と公平に逢おうとすると、しょっちゅうデートしなくちゃならないんだ。あと、やけに物をプレゼントしたがる人妻さんがいて、貰うとお返ししなくちゃならなくて、あれには困ったっけ。それに、カミサンと家賃を折半してて、それが12万5000円で、その他に光熱費とかもあるし。それから、そら、ADとか若い連中と食事したら奢らなくちゃならないだろう?」
 「……で、残らない?」
 借金はないというのが、溜さんの答えでした。
 「すこぉしずつ、すこぉしずつ、たまってゆく傾向ではあるんだが。借金じゃなくて、貯金のことだよ?」
 「わかってる。借金はしてないんだものね?」
 「したことないよ。怖いじゃん。返せなかったらと思うと」
 そうね、と私は相槌を打ちました。彼の事情は怖いほどよく呑み込めました。シンプルな人だとは思っておりましたが、まさかここまで子供というか素朴だったとは!
 あれ以降、私はことあるごとに申し出るようになりました。
 「私が払ってもいいのよ」
 彼の返答はいつも同じでした。
 「お金が足りなくなったら言うから、そのときは払って」

 ウィークリー・マンションを借りておきながらラブ・ホテルに入ろうとする溜さんと、いつもの問答を繰り返したことは、いうまでもありません。
 そして、その数日後――とうとう「そのとき」がやって参りました。
 「カミサンにも弁護士を立ててもらった。今後、彼女は正式に損害賠償を請求してくると思うんだよ。これまでの1億円とか3000万円とかいうコケオドシみたいなのじゃなくて、似たケースの前例に基づいた現実的な金額を支払えと迫ってくるはずだ。そうしたら、たとえ裁判で戦ったとしても絶対に幾らかは取られることになるだろう。しかし、俺は今現在、ウィークリー・マンションのデポジットやらホテル代やらでこのところ出は多かったのに、先月は仕事が出来なくて今月の入りは半減、てなわけで、銀行に50万円しか金がないというありさまなんだ。だから川奈、いざとなったら貸してくれ」
 うなずきながら、私はあのラブ・ホテルの宿泊料が看板にあった9000円では済まなくて結局1万2000円もしたことを、なぜか思い出しておりました。
 こんなことになった責任の半分は私にあり、お金を貸すのは当然でした。
(つづく)

2007年3月30日 (金)
~隠れて飲む。手をつなぐ。ご宿泊は9000円から。~

 洗濯機にシャツや下着を放り込むと、刹那、鼻先に男の匂いが濃く漂い、それを打ち消すために乱暴に上から洗剤を振り入れて、私は蓋(ふた)を閉めました。
The_sky_in_winter_1  表へ出たら、目が潰れそうに明るく、もうじき昼だと知りました。
 ――さっきまで朝だったのに、恐ろしい。建物の中では時間が止まっているのではあるまいか。
 独りで外を歩くのは3日ぶりで、世界を新鮮に感じました。ウィークリー・マンションに来る途中でたしか見かけたと思ったコンビニを探して、ふらふらと町をさまよいました。
 なぜあのとき外へ出たくなったのかは、今となっては曖昧です。
 たとえていうなら、表面張力の水の膜がやぶけて溢れたのが、あの日だったということです。コップのふちを越えれば、あとはこぼれるだけです。
 土地勘のない町の細い路地や階段は、どれもこれも私を手招きするようで、誘われるままに歩いていたら、たちまち道に迷いました。まいごになったからといって帰るのも口惜しく、あてもなく歩きつづけました。
 初めに思い浮かべたのはセブン・イレブンでしたが、2丁目の交番と山王下交差点の中間あたりにam/pmがあり、入りました。
 そこで、500ミリリットルの缶ビールを1本と、安物のジンを1瓶、買ったのでした。
 そして缶ビールのプルトップを抜いて……。店の前で。待ちきれずに、私は。
 ビールの泡が弾ける音がにぎやかに頭蓋骨の中で反響して、かわりに耳の穴から、溜さんの顔やおちんちんのイメージや今朝の寂しいやりとりなどが抜けてゆきます。
 一息に飲んで勢いづき、ジンにも口をつけました。
 こちらはさすがにイッキ飲みするわけにもいきません。封を切り、唇に押し当てて瓶を素早く傾けて、ほんの少量を舐(な)めるように。
 視線を感じて振り返ると、店のカウンターで店員の青年が呆然(ぼうぜん)とした顔をこちらへ向けていました。
 見世物になる気はございません。すぐ瓶を袋に戻して歩きだしました。
 ――癖。単なる癖です。独りで飲むのは、結婚していた頃からの私の悪い癖です。
 アルコールならなんでもよくて、相当飲んでも潰れません。日本酒の四合瓶やワインなら軽く2本、ビールなどはいくらでもいけました。
 でも、溜さんと出会ってからは深酒はしないようになっておりました。努めてよしたわけではなく、自然と手を出さなかったのです。母と同居しはじめたせいもあるでしょう。
 私は、記憶に空白ができるほど酔うことは罪だと考えておりました。忘れるために酩酊するのは卑怯なやり口です。
 そういう堅苦しい正論に縛られている私は、しかし卑劣な人間でした。やってしまえば悔やむ気持ちは少しも生じず、ただひたすら善き人たちに露見することだけを懼(おそ)れるのだから、いやらしい。
 外で立ち飲みするのは、生まれて初めてでした。
 アルコールの中で泳いでいるようだった離婚前の頃に、いつか自分はこんなこともやらかすだろうと予感したことがあります。明日か3日後か1週間後、私は人目もはばからず飲みはじめるだろうと……。そうはならず、これまでずいぶん長い間持ちこたえてきたのに、ついに暗い空想が本当になってしまった、と私は思いました。
 氷川公園で再びひと舐めしました。
 幸いひと気はなく、隅っこに腰を定めて2、3分もした頃に犬の散歩が通っただけでした。賢そうな豆柴を上品な服装の年配の男性が連れていました。私のほうを見ないようにしている様子がありありとしていました。犬までも。
 私は溜さんのチノパンと黒いトレーナーを借りて、上からロングコートを羽織(はお)っていました。化粧せずに、髪はひっつめて頭の後ろで無造作にまとめていました。そして手には酒瓶。だらしなく広がったコートの裾に半ば隠れたコンビニ袋。
 傍目(はため)には、私は何者に見えるのでしょうか。
 ――いろいろなことが気にならなくなるとよいのに。どこまで飲めばいい? そんなに手間はかからないかも。もう少し。まともな頭を捨てられるまで、あともうちょっと。
 ひと舐めのつもりが、ふた舐めになり、やがて大胆な一口をごくりごくりと飲み下しはじめました。ジンは初め舌を灼(や)き歯茎を凍らせましたが、すぐに心地よい熱しか感じなくなりました。
 恍惚(こうこつ)として、ほとんど眠りかけた頃です。ポケットで携帯が鳴りました。
 「川奈、どうしてる? 遅いんで掛けてみた。今どこ?」
 何の含意もない、いつもの溜さんでした。
 渾身の力を込めて濁(にご)った頭をしゃっきりさせると、慎重に私は答えました。
 「お天気いいから、そこらを散歩してたの。すぐには洗濯が終わりそうもないし。さっきまで“ベルビー”の上の本屋で立ち読みしてたのよ」
 「そう。何か面白い本は見つかったかい?」
 「ううん。どれを読んでもつまらない感じがして。結局、買わないで出てきちゃった」
 「そういうときって、あるよね。わかるわかる。早く帰っておいで」
 彼の優しい命令に、私は素直に従いました。ただし、うんと遠回りして。
 酒瓶はウィークリー・マンションの自販機コーナーで捨てました。そして冷たい烏龍茶を2缶買い、缶で顔を挟んで頬っぺたを冷やしながら、エレベーターに乗りました。

My_small_secret  すぐにでも抱こうとする溜さんの腕をはねのけて浴室に立てこもり、イソジンでうがいをしたり石鹸で顔を洗ったり、思いつくかぎりの誤魔化しをいたしました。バスタブの中にしゃがみこんで用足しもして、ついでにシャワーで念入りに流し、出ると案の定、息つく間もなく捉えられてしまい、彼は何も変には思わなかったようなので、私の目論見は一応、成功しました。
 果てると同時に溜さんは眠ってしまいました。
 つられて私も眠りこみ、起きたらあたりは真っ暗で、目覚まし時計が文字板を蛍光色に輝かせていました。20:30。
 「溜さん大変! もう8時半!」
 慌てて揺すぶると、彼は薄目をあけて、のろのろと編集機を指差しまして、「平気。終わったから」。
 「終わったって、おしっこチャー♪のアレのこと?」
 「うん。編集済んだ。明日事務所からアレを取りにきて、代わりに先月のハメ撮りもののテープを置いていくんだ。ほら、前に話したろう? セックスレスの人妻さん。中学卒業までに200人とやった武勇伝の持ち主で、わきの下が敏感で……」
 「ああ、あの、牧原れい子さんみたいな猫顔の美人」
 「牧原ぁ? 似てるかぁ? 牧原はストリッパーで、くろうと。あっちは素人。まるっきし違うよ。……ま、とにかく、そういうわけで明日まではサボれるんだよね、俺。お祝いに、もう1回しようよ」
 「なんのお祝い?」
 「一段落したお祝い。……そうだ。焼き肉食べにいこう」
 「するんじゃないの?」
 「だから、する前に」

 空気の冷たさが不思議と優しく感じられる、風のない晩でした。冷気は鋭すぎず、ひんやりした女の手のようになめらかに頬を包むだけです。焼き肉でお腹がいっぱいになると、どこまでも歩いてゆけそうに思いました。
 猫の声が細く尾を引き、やがて消えました。駅の方角から遠く、切れ切れに音楽が聞こえてきました。ザナドゥ? 違うかもしれませんが、いずれにせよ旧い曲です。音のする方の夜空は葡萄色に明るんでいて、贋物(にせもの)の朝が今にもやって来そう。
 私たちは暗い路地を選びました。穏やかな時を長持ちさせるために。
 ふと、ずっととっておいた質問をするのに丁度いい機会だという気がしました。
 「溜さんは、いつも手を繋ぎたがるよね?」
 彼は繋いだ手を見て、その手が蝶ちょみたいに飛んでいったとでもいうように、視線を前のほうへ送りました。
 「川奈が初めてだよ。カミサンとも手を繋いであるいたことなんて、ない」
 そんなはずはありませんでした。
 お母さんと繋いだことがあります。2歳の彼の小さな手は消えてはおらず、今は逞しく私の掌を包んでいる。肉と骨が育ったというだけのことです。
 あの、誰にも甘えることのできなかった子供は、甘えるのが下手な男になりました。あとさき考えずに愛の言葉を安売りしてしまい、命を削るような働き方をする不器用な彼は、たぶん世界一優しい人です。
 私は哀しく省みました。
 お昼間、私は飲んでいました。嘘もつきました。それを本当に悪いことだとも思いませんでした。なんだかんだ言っても、私はいつだって器用に立ち回ってきました。夫と別れるときも、実家に出戻るときも。
 AV嬢になったことさえ乗り越えた私は、たぶん溜さんと別れても綺麗に死んだりはしないのでしょう。彼は、私と別れては生きてゆけないと言ってくれたけれども。
 考えてみればみるほど、私の不満は、この恋人を理解しきれない自分の愚かさに根差しているようでした。
 わからないことを解ろうとする労を嫌って、私は逃げようとしたのです。
 でも、私自身の心からは、恋からは、逃げられませんでした。飲んだだけ無駄でした。私はあっさり彼のところへ戻った。嫌われないよう努力さえした。
 溜さんが立ち止まりました。
 「川奈、入ってもいいと思う?」
 道端にラブ・ホテルがありました。高い塀の一隅に入り口が刳られていて、その横に料金表が掲示されておりました。電光表示で、ご休憩5000円~、ご宿泊9000円~。
 急に夢から醒めたようになりました。
 「お金、ないんでしょ?」 
 自分でもどうかと思うくらい、ぶっきらぼうな口ぶりになってしまいました。
 殊勝な反省も水の泡――なんでここにラブ・ホテルがあるの? どうして溜さんて、こういう人なの!?
 (つづく)

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