プロフィール
加藤紀子
ナチュラルな魅力で、歌手としてだけでなく、テレビ、ラジオのレギュラー、ドラマ、コマーシャル、バラエティー番組など多方面で活躍。現在は、コラムニスト・エッセイストとしても活動中。

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2007年2月27日 (火)
エベレストの旅は永遠に

Norikomount_everest_1  さて、お待たせしました。いよいよエベレストへ出発です。
 この原稿を書く私の脚も自然と正座になりました。
 相当ここまでの道のりに時間が掛かってしまいました……。

 よく晴れた空の下、ナムチェバザールを出発し、ゆっくりゆっくりと大きな石をまたぎながら上へ上へと登っていきます。
 ただでさえ空気が少なく苦しいというのに、時々のんきに落ちている“ヤク”の糞を避け、その上私はこともあろうにデニムにコンバースのスニーカーという、山をなめきった格好であったがためにさらに苦しく、10分歩くと休憩するといった有り様。でも、本当に無理をすると高山病になるという恐ろしさがあるので、テレビだからといって無理はできません。(しかし一緒に行った女性スタッフは、紙袋を持ちながらの登山だったので、私以上になめきっていたといっても過言ではない!)

 先を見ると気が遠くなるので、足下だけをしっかり見て進んで約2時間、一緒に歩いてくれているシェルパの人が突然「あれがエベレストだよ!!」と大きな山を指差して教えてくれました。
「えっ!!」と苦しさも忘れて前方を見ると、雪でちらほらと白くお化粧した格好の山々が目の前にどーんとそびえ立っています!
「え~!!」と嬉しさのあまり目を凝らすも、どれがエベレストだか判別付かず!
「え? どれどれ?」と聞くも「あれだよ!」と言われるだけで、見ている角度が違えば分かりにくいってことでなかなか見分けられず、なんだか悔しい気分。それでもようやく教えてもらって「もうすぐか~!」と喜ぶも、実際道のりはまだまだ長い……。

 若干舗装された砂道を歩くも、右下には崖……。山はどのみち優しくありません。
 テクテクと、登山を楽しむというよりは過酷なロードレースになって1時間ほどした頃、ようやく私達が目指していた“ホテル エベレストビュー”に到着しました。
 ここはエベレストに一番近いホテルということだけではなく、その昔何もなかったところから日本人の方が建てた立派な庭にしっかりとしたホテル。感動です。
 早速中に入ると、廊下の隅に消火器のような物が。よく見てみるとそれは“酸素吸入機”。空気の薄い場所に立っているということで消火器よりも必要なアイテムらしいです。
 そして部屋に入ってカーテンを開けると、そこには大きな大きなエベレストが!!
ようやくここで間近に見ることができました!
 凛と輝くようにそびえ立つエベレスト。ネパールまで、ここまできて良かった! と思う瞬間でした。

 が、いざこの光景をカメラで写そうとした時、チラホラと……シンシンと……ザンザンと……雪が降ってきたのです。
 それはもうあっという間に周りはグレー、気温はさらに下がり、「いや~、全然前が見えませんね~」な状態。「いやね、雪が降ってきちゃったんで撮れませんでした」と帰るわけには行かない私達はここでなんと4日間も過ごす事になったのです。
 お風呂に入ろうにもお湯はバケツ1杯500円だか1000円し、その溜めたお水も実は雪解け水で大切な物……となればオチオチ入っているわけにもいられません。運良く(?)テレビ画面は匂いを伝えないということで4日間体を拭くにとどめて入る事をやめました! この潔さ、我ながら好きです。
 しかしながら、することもないのでスタッフと雪合戦しようにもちょっと走ると息が切れ、お酒を飲んでもすぐに酔い、寝てみれば悪夢(酸素が少ないせいでハアハアしちゃうらしく、そのせいで悪夢を見ていた私)、1日が本当に長い。なのでエベレストが見えるまでの唯一の楽しみが、3度用意してもらえるお食事となりました。ここで頂いた牛丼は本当に美味しかったです!(食材が運ばれてくる過程をナムチェバザールで見てきたのもあって、有り難くもあり、噛み締めて頂きました!!)

 そして4日目、ついに雪はやみ、澄んだ空気の中のエベレストと対面できたのです。物言わぬ山にして感動を与えるとは、なんという事でしょう!
 余りにも有り難かったので、心の中でお願い事をしてしまったぐらい、とにかく素晴らしかったです。

 エベレストには、なかなか来れないと思いながらも流れる風を受け、心底満喫をしたネパールの旅はここでおしまいという事になりました。
 色んな事があったけど、私の中に残る大切な旅となっています。

2007年2月15日 (木)
エベレスト、寒いだなんて知らなかったよ!?

Norikoheavy_winter_clothing_2  年も変わって何処を紹介しようか……と考える間もなく、まだネパールはエベレストまで紹介してなかったので、昨年に引き続きまして頂点を目指すべく書き綴らせて頂きたいと思います。

 といっても、恐ろしいことにエベレストが寒いということを知らなかった私(私達)。
 明日からエベレストを目指そう! という時に「服の準備は大丈夫ですか?」とコーディネーターのラジャンドラさんにたずねられ「は? ジャケットとデニムと、パッチ(股引きみたいなやつね)は持ってきてます!」と答えると「ダメです、寒過ぎます。今からレンタルしに行きましょう」とカトマンズの冬服レンタル屋さんに連れて行かれ、小さな店の中で物色をするハメに。

 一応テレビに映る私は可愛く見えるような物を選ぼうとするも、ジャケットが異常に薄かったり、サイズがでか過ぎたりしておしゃれ心は皆無。そして機能性で値段が違ったりもしてどうしていいか分からずじまい。それでもジャケットと帽子を借り(今となっては何故買わなかったのかが謎。誰が被ったか分からない帽子を被って過ごすなんて……ね)準備完了。スタッフの一人は一番値段が安く軽そうなダウンジャケットをレンタルしたら、日々中の羽毛が抜け落ち、日に日に寒そうなビニール服に変化していきました、要注意です。

 が、しかしいきなりエベレストには行けないので、標高が高いところでの空気の薄さにも慣れるべく、エベレスト近くの村ナムチェバザールへ向かいます。ここはエベレストへ向かう人達が一度は訪ねると言われているところで、登山に必要な物資から宿泊施設まで揃っています。
 しかし私達はカトマンズからナムチェバザール近くまでヘリコプターで1時間程移動しただけなのに、すでに息は苦しく軽い耳鳴り。ヘリを降りて眼下にはナムチェバザールの村が見えているのに、酸素が少ないせいで、歩くのも一苦労。私の隣を歩くシェルパと呼ばれる女の子達は、荷物をはしごのように積み重ねて担いでくれているにもかかわらずさっささっさと笑いながら村へと進みます。

 一気に年を取ったような気分にもなりながら、ようやく1時間かけてナムチェバザールまで到着しました(なにせ標高3440m!!)。
 そして宿泊するロッジに到着、みんなが飲むというチベッタンティーを入れてもらったのですが、これが微妙なお味。“ヤク”という牛のようなヤギのような動物のミルクからとったバターにお茶の葉とお湯を混ぜて飲むのですがねぇ。栄養はたっぷりっぽいので元気にはなれます。

 さらにバザールという名の通り、毎週決まった曜日に市場が開かれ多くの物が売り買いされているのですが、そこに行くまでもこの“ヤク”の糞がアチコチに落ちているので、空気の薄さにヘロヘロしながら糞をヨロヨロよけながら進まなくてはいけないのです。お茶を飲んでも体力倍低下……です。
 しかし周りは壮大なヒマラヤ山脈に囲まれているこの景色は絵葉書よりも当然クリアで、エベレストまでの道のりが俄然楽しみになるのです。

 という事で、また今回もエベレストまでは行けず……。
 次回こそエベレストの素晴らしさをお伝えします!!

2007年2月 1日 (木)
忘れられないジャナクプルでの夜

Norikovagabond  さて、ネパール第3弾。
 この冬にヒマラヤ山脈を目指そう! という方、そこに行くまでの過程として楽しんで読んで下さいね! そして全然違う過ごし方をする方もごゆるりとお楽しみ下さい!

 さて、前回からインド国境近くの“ジャナクプル”をお送りしていますが、ここは全体として土の道が主流で車も排気ガスバリバリ、なかなか新鮮な空気感は薄く、気合が必要となります。
 車で移動していて「なんでここがこんなに渋滞するの?」と思うと、その先には牛がどっしりのっさり歩いています。
 そう、ここは人間よりも牛のほうがえらいとされているので「どけどけ〜!」という事にはなりません。丑年(うしどし)の私としては有り難い話です。
 しかし、この新鮮な空気感のなさのひとつにこの牛さん達の糞も相まっているわで……。日々たくましくなるわけです。
 そしてお食事も、カトマンズのようなおしゃれレストランは皆無です。
 テレビ画面がザーザーしている屋台で揚げたようなパンや、異常な色のファンタオレンジ風ドリンクやらを街行く人は買い求めます。
 私達は食事をするためにホテルのレストランへ行くと、「え? お客さん?」みたいな目をした数人の従業員に見られながらも、彼らに頑張って作って頂く事に。
 5人のクルーだったので、みんなで味見が出来るよう数種類のカレーをオーダー。
 今日の出来事を話し、翌日の打ち合わせをし、たわいない話をし、コーディネーターのラ ジャンドラさんの歌を聞き30分経過……。調理場の裏は焦ったように従業員が出たり入ったり……。「まさか、なんにも材料がないんじゃ……」と心配になる程カレーの匂いはまったくせず。
 それでもココの時間で過ごすしかないので待つ事1時間強。ようやく1皿目のカレーが登場。ただでさえお腹が空いているのでこの待ちは、おいしい!の一言に尽きます。そしてここでのカレー生活は昼夜併せて2日間続きます。
 初日以降こちらも利口になり、ロケから戻ったら真っ先に野菜、チキン、エビ等カレーのオーダーを済ませてから部屋に戻り、着替えやら翌日の準備をしてレストランに向かう事にしてみました。すると良いタイミングでお食事を頂けて無駄な時間が省かれる様になりました。

 そんな2日目の夜、例の様に美味しくカレーをほおばっていると、フロントの人が「カトウさんに電話がありました」と伝えに来てくれました。
 普段、ロケに行っても事務所から電話が掛かってくる事はなく(マネージャーも同行しないロケばかりなのに!)「何かしら?」と思いながらも、そのままカレーを食しておりました。
でも周りから「掛けたほうがいいよ〜」とさんざん言われたのでラジャンドラさんに付いて来てもらってフロントで電話をしようとすると、「このホテルは着信専用電話です」との事。
「え? 掛けられないの? ホテルなのに?」と言うと、「街の電話屋さんまでどうぞ」とおっしゃる。
「街の電話屋……」
 そんなシステムに遇った事がなかったので戸惑いながら探すと、街角の小さな店のカウンターに1台の電話が載ったお店がありました。
 そこは、掛けたい電話番号を店の人に伝えてパソコンのような物に入力させてから掛けるという状態。その上システム的にカトマンズに一度掛けてから改めて国際電話につなぐという形っぽく、一度の電話に異常な時間が掛かります。
 取り急ぎマネージャーに電話をすると「お兄さんから電話があって、すぐに実家に電話をするように」との事。こういう電話もロケ中にはなかったのでドキドキしながらまた一から同じ順序で母に電話すると、大好きな叔父が2日前に亡くなったとの事。私達の移動と時差で今まで電話がつながらなかったようでした。
 すぐにマネージャーに電話をしてロケ後のスケジュールを確認し、実家に電話をし……と、もどかしい方法で連絡を取るも、個人の電話持ち時間が15分ぐらいしかなく、遠く離れた距離を痛感。

 その後レストランに戻ると、皆は食事を終えても私の帰りを待ってくれていて、電話での事を伝えると一同は椅子を持って外に向かい、偶然にも満天の星の下、探しあてたお香で叔父の冥福を祈ってくれました。

インド国境の近く、神々がいるといわれるジャナクプルでのこの夜は、すぐに帰るに帰れない悲しい距離とはいえ、反対に優しいなにかに包まれた不思議な夜となりました。

 そしてその叔父への想いも一緒に、いざヒマラヤ山脈はエベレストへと向かうのです。