プロフィール
加藤紀子
ナチュラルな魅力で、歌手としてだけでなく、テレビ、ラジオのレギュラー、ドラマ、コマーシャル、バラエティー番組など多方面で活躍。現在は、コラムニスト・エッセイストとしても活動中。

2009年12月
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2007年4月 5日 (木)
最終回・ソウルでブームの汗蒸幕に!

Norikolast_night  この旅ブログの卒業旅行となったソウルの旅第2弾。
 全世界的な温暖化は3月初旬のソウルも同じで、ニットを着ても暑い位でした。それでも熱い物を食べる私の根性、熱いサウナに挑む根性、自分に惚れます。
 そう、今回は食べる目的と共に初の“汗蒸幕”(ハンジュンマッと読みます)にチャレンジするというのが大きなテーマ。出発前に「今流行の垢擦(あかす)りは?」と、ネットで調べてみたら垢擦りよりも今は“汗蒸幕”のほうが主流。オプションで“垢擦り”的な勢いです。

Norikothe_gate  早速予約して行ってみると(観光ブックなどに載っているお店のほとんどは日本語のできる方がいらっしゃる)、すぐにペラペラワンピースに着替えさせられ、いざ汗蒸幕ドームに。
 小さなドアから頭を下げてドームに入ると、12畳程のスペースに4~5枚の麻のシートがあり、その上にただ座ります。松の木を燃やす事によって放たれている熱は匂いもなく静かなもの。「ふむ~」と待てど体からはなかなか汗は出ず。
 しかし! わずか4~5分で毛穴という毛穴からジャバジャバと勢い良く出てくる汗! 友達を見ると普段あまり汗をかかない彼女の顔も汗だらけ! 優しく背中を撫でてあげたらワンピが貼り付き、非常に嫌がっておりました。笑えます。
 汗蒸幕に行く事を日本で友達に、「梨ジュースを飲むと汗の出が良くなるよ!」と聞いていたので、お店の人に「梨ジュースを下さい」とお願いすると「梨ジュースは高いよ~、だからナシ~」とシャレにもなってないギャグで無視されました。っていうか、本当に飲みたかったのだけど……。
 その後も5分入っては5分休む汗蒸幕を4回繰り返し、そこから黒下着姿のお母さんによる真剣な垢擦りに移り、しばらく振りに垢を落としてもらいます。
「汚いよ~」と言われる程、ごしごし擦られる体からは消しゴムのカスのような灰色の垢。片言で言われる一言は神髄を突いているようで恥ずかしいです。
 さらに全身マッサージ&かかとのケアをしてもらうと、全身ツルッツル! 歩き過ぎによる筋肉痛も回復! と感じる位、心身ともにスッキリしました。

Norikoyakiniku  そして体がリラックスするとお腹もリラックスして、また食を欲します。
 “南大門”という所に屋台が沢山あるという事で向かってみると、ある事はあるけど完璧に用意されたツーリスティックな店多し。「安いよ~、美味いよ~」と言われるのだけど、「注文でちょっと困ったりする感じ」が欲しい私達には不向き。屋台を諦め、歩いて行ける距離のホテルに戻るはずが、やはり迷子……。 
 それでもなんとか戻り、ホテル近くの焼き肉屋さんへ。
 夜の11時に焼き肉はどうか? と思ったりもしながらも、結局はたらふく食べてしまい、最後には従業員の女の子と一緒にジンロを飲んで、最新のソウル事情を教えてもらう事に。最終的には彼女から「今からパチンコに行かない?ソウルの人は堂々と入れないんだけどね……!」と誘ってもらうも丁寧に断ってさよならを。だって、日本でもパチンコしないんだもん……。

 翌日、お土産キムチを探しにロッテデパートへ出向くも、多種多様のキムチとお店にクラクラし、何処のお店で何を味見したかも分からなくなる始末。店員さんからも「アンタ、メガネな。覚えてるからな!」とメガネ呼ばわりされ(やはり効きます、片言での一言!)、それに買わなかったら仕返しされんじゃないか? くらいの勧誘を受け無事に購入し、ようやく帰路に。
 今年3月から全空港での手荷物検査が更に厳しくなり、金浦(キンポ)空港では買ったばかりのキムチやコチュジャンを没収されている人もいました。キムチ爆弾……美味しそうなのにね。

 そんな訳でこの“旅ブログ”卒業旅行は、垢をもそぎ落としたソウルにて終わりです。
 これまでに28ヵ国を、十数都市を、何年にもわたって旅してきましたが、まだまだ全部を紹介しきれなくて残念な思いです。
 それでもこの1年間、ここで私の思い出とともにアナタが一緒に旅行して下さった事、とても感謝しています。
 少しはお役に立ちましたか?

 私の旅行はすでに趣味の域に入っているので、これからもまだまだ体が動くうちは続くと思います。
 知らない事を知るという事が私の人生にとっては非常に必要な事なので、隙あらばまだ見た事のない国や街に出かけたいと思っています。面白い発見があったら、どこかでまた報告しますね!

 とにかく、お付き合い頂いて本当にありがとうございました。
 お互いに人生という名の長い旅も、思う存分楽しみましょうね!!

              2007年 春  加藤紀子

2007年3月14日 (水)
初めて“ツアーで”韓国へゆく!

Norikotea_time_1  いよいよ春休み! な季節になり、あちこちに旅行をする人の姿が目に入ってきます。私は毎週新幹線で大阪へ行っているので、その流れはモロに乗車率で感じる事ができます。
 そんな中、私だって旅行がしたい! と、先日ソウルへ再び2泊3日の旅を敢行しました!!
 ソウル再び。
 以前もここでご紹介しましたが、色々と各国を回った上に10年以上のブランク……。というか、全然新しい街になっておりました! そして私が以前訪れたはずの場所って??な気分です。

 今回の目的は「食べる、垢擦(あかす)り、できたら買い物」とハッキリしておりました。
 とにかく私とお友達は辛い物が大好きで、“超”がつくまで辛い物に挑戦してしまうバカな性質があります。
 なので、ソウルでは誰にも遠慮せず、皆と共においしくて辛い韓国料理を堪能しようじゃないか! というもの。ウキウキしすぎて、私は出発の前日にもうっかり焼き肉屋さんに行ってしまい、チゲ鍋を食べてしまうほど(ね、バカでしょ!)。

 今回は初めてツアーで旅をすることにしました(ホテル込みで約7万円ちょっと!)。羽田からおよそ2時間で到着した金浦(キンポ)空港には日本語が堪能な韓国人女性ガイドがお迎えに。そのガイドさんに旅の目的を話すと、「どうして日本人は買い物ばっかりするんですか! ここには素敵な建造物も歴史もあります!」と怒られる始末。「確かに……」と思った直後に彼女がホテルよりも先に私達を案内したのは、なんと免税店。「言ってることとやってることが違う!」驚きです。
 そんな事もありつつ、まずはミョンドンという街へ。ここは若い人達がわんさと集まっており、レストランもあればショッピングもできるということで、早速テンションは上がります。この時期、ロングブラウスが非常に多く出回っていて買いたくなるものの、どの店も同じような物が多く、何を買うべきか悩んでしまう状況。ふむ〜、とりあえずご飯へ……。
 しかしハングルがひとつも分からない私達は「細い路地にはうまい店が」と適当に当たりをつけてみるも、お昼を過ぎていれば人もまばらで、人気店を見つけることができず、写真が貼ってあるお店に入ることに。

 ウエイターの子に指差し確認で辛ラーメン野菜炒めみたいなものと海苔巻きを頼むと、なんと親切なことに1種類の海苔巻きではなくミックスにしてくれるというお心遣い。おいしいはずです。
 そして次は、地下鉄に乗ってインサドンという伝統茶が飲める街へ。昔地下鉄を利用した時もそうだったのかもしれないけど、日本では「~行き、~方面」は最終地点が示されているために「あ、こっちに乗ればいいか!」と思えるのだけど、ソウルの地下鉄は色分けされた各路線図に途中の駅が何個か書かれているだけの上、アルファベット表記も少ないので、地図と案内を何度も見なくてはなりません(ちなみに私がガイドさんから貰った路線図は漢字&カタカナ。明らかに漢字に変換できない字をカタカナでごまかしているのだけど、それじゃ地元の人だって読めませんよ)。そして友達と2人でフムフムと悩んでいると、1人の女の子が英語で「どうしましたか?」と寄ってきてくれました。
「ここに行こうと思って……」と指を差すと、彼女は走って路線図を見に行ってくれ、「この階段を降りれば行けますよ!」と親切に教えてくれました。
 前も困っていた時は助けられたな〜と思い出しながらお礼を言い、スタスタと向かうと、息せき切った彼女が再び現れて「ごめんね、間違っちゃった! 反対側だったの!」と追いかけてまで正してくれるありがたさ。「自分だったらここまでできるか?」と彼女の親切心を以って我反省すべきと思い知らされました。

Norikokorean_night  夕方、ようやくインサドンに到着。お洋服屋がひしめき合うミョンドンとはまったく違った趣のこの街は、言うなれば落ち着きのある街。石畳で風情がある中ゆっくりと伝統的なお店を見て回れます。
 しかし、なんだか一戦交えた気分の私達は、早速伝統茶なる物を飲むべく、カフェに入ってみました。入り口には小鳥がいて、中はアジアンテイストたっぷりな雰囲気。大正解です。
 そこで日本語メニューにて私は五味茶(字の如く5つの味がするというちょっとカシスっぽい味のお茶、ちなみにゴミザというらしいです)を頼み、ほっと一息……するはずが表ではカップルがお金を投げたり投げ返したり……と大喧嘩! 韓流ドラマよろしくの展開に、お茶どころではない興味を持ってしまった私でした……。

 そして工芸品店を見て回って、おいしい匂いにつられすぎて迷子になり、それでもなんとかサムゲタン(鳥のおなかに色々と詰めて煮込まれたお料理)を堪能して、ホテルへと戻ったのでありました。

 さてさて、この旅ブログは次回で最終回。
 この卒業旅行話、続きます!

2007年2月27日 (火)
エベレストの旅は永遠に

Norikomount_everest_1  さて、お待たせしました。いよいよエベレストへ出発です。
 この原稿を書く私の脚も自然と正座になりました。
 相当ここまでの道のりに時間が掛かってしまいました……。

 よく晴れた空の下、ナムチェバザールを出発し、ゆっくりゆっくりと大きな石をまたぎながら上へ上へと登っていきます。
 ただでさえ空気が少なく苦しいというのに、時々のんきに落ちている“ヤク”の糞を避け、その上私はこともあろうにデニムにコンバースのスニーカーという、山をなめきった格好であったがためにさらに苦しく、10分歩くと休憩するといった有り様。でも、本当に無理をすると高山病になるという恐ろしさがあるので、テレビだからといって無理はできません。(しかし一緒に行った女性スタッフは、紙袋を持ちながらの登山だったので、私以上になめきっていたといっても過言ではない!)

 先を見ると気が遠くなるので、足下だけをしっかり見て進んで約2時間、一緒に歩いてくれているシェルパの人が突然「あれがエベレストだよ!!」と大きな山を指差して教えてくれました。
「えっ!!」と苦しさも忘れて前方を見ると、雪でちらほらと白くお化粧した格好の山々が目の前にどーんとそびえ立っています!
「え~!!」と嬉しさのあまり目を凝らすも、どれがエベレストだか判別付かず!
「え? どれどれ?」と聞くも「あれだよ!」と言われるだけで、見ている角度が違えば分かりにくいってことでなかなか見分けられず、なんだか悔しい気分。それでもようやく教えてもらって「もうすぐか~!」と喜ぶも、実際道のりはまだまだ長い……。

 若干舗装された砂道を歩くも、右下には崖……。山はどのみち優しくありません。
 テクテクと、登山を楽しむというよりは過酷なロードレースになって1時間ほどした頃、ようやく私達が目指していた“ホテル エベレストビュー”に到着しました。
 ここはエベレストに一番近いホテルということだけではなく、その昔何もなかったところから日本人の方が建てた立派な庭にしっかりとしたホテル。感動です。
 早速中に入ると、廊下の隅に消火器のような物が。よく見てみるとそれは“酸素吸入機”。空気の薄い場所に立っているということで消火器よりも必要なアイテムらしいです。
 そして部屋に入ってカーテンを開けると、そこには大きな大きなエベレストが!!
ようやくここで間近に見ることができました!
 凛と輝くようにそびえ立つエベレスト。ネパールまで、ここまできて良かった! と思う瞬間でした。

 が、いざこの光景をカメラで写そうとした時、チラホラと……シンシンと……ザンザンと……雪が降ってきたのです。
 それはもうあっという間に周りはグレー、気温はさらに下がり、「いや~、全然前が見えませんね~」な状態。「いやね、雪が降ってきちゃったんで撮れませんでした」と帰るわけには行かない私達はここでなんと4日間も過ごす事になったのです。
 お風呂に入ろうにもお湯はバケツ1杯500円だか1000円し、その溜めたお水も実は雪解け水で大切な物……となればオチオチ入っているわけにもいられません。運良く(?)テレビ画面は匂いを伝えないということで4日間体を拭くにとどめて入る事をやめました! この潔さ、我ながら好きです。
 しかしながら、することもないのでスタッフと雪合戦しようにもちょっと走ると息が切れ、お酒を飲んでもすぐに酔い、寝てみれば悪夢(酸素が少ないせいでハアハアしちゃうらしく、そのせいで悪夢を見ていた私)、1日が本当に長い。なのでエベレストが見えるまでの唯一の楽しみが、3度用意してもらえるお食事となりました。ここで頂いた牛丼は本当に美味しかったです!(食材が運ばれてくる過程をナムチェバザールで見てきたのもあって、有り難くもあり、噛み締めて頂きました!!)

 そして4日目、ついに雪はやみ、澄んだ空気の中のエベレストと対面できたのです。物言わぬ山にして感動を与えるとは、なんという事でしょう!
 余りにも有り難かったので、心の中でお願い事をしてしまったぐらい、とにかく素晴らしかったです。

 エベレストには、なかなか来れないと思いながらも流れる風を受け、心底満喫をしたネパールの旅はここでおしまいという事になりました。
 色んな事があったけど、私の中に残る大切な旅となっています。

2007年2月15日 (木)
エベレスト、寒いだなんて知らなかったよ!?

Norikoheavy_winter_clothing_2  年も変わって何処を紹介しようか……と考える間もなく、まだネパールはエベレストまで紹介してなかったので、昨年に引き続きまして頂点を目指すべく書き綴らせて頂きたいと思います。

 といっても、恐ろしいことにエベレストが寒いということを知らなかった私(私達)。
 明日からエベレストを目指そう! という時に「服の準備は大丈夫ですか?」とコーディネーターのラジャンドラさんにたずねられ「は? ジャケットとデニムと、パッチ(股引きみたいなやつね)は持ってきてます!」と答えると「ダメです、寒過ぎます。今からレンタルしに行きましょう」とカトマンズの冬服レンタル屋さんに連れて行かれ、小さな店の中で物色をするハメに。

 一応テレビに映る私は可愛く見えるような物を選ぼうとするも、ジャケットが異常に薄かったり、サイズがでか過ぎたりしておしゃれ心は皆無。そして機能性で値段が違ったりもしてどうしていいか分からずじまい。それでもジャケットと帽子を借り(今となっては何故買わなかったのかが謎。誰が被ったか分からない帽子を被って過ごすなんて……ね)準備完了。スタッフの一人は一番値段が安く軽そうなダウンジャケットをレンタルしたら、日々中の羽毛が抜け落ち、日に日に寒そうなビニール服に変化していきました、要注意です。

 が、しかしいきなりエベレストには行けないので、標高が高いところでの空気の薄さにも慣れるべく、エベレスト近くの村ナムチェバザールへ向かいます。ここはエベレストへ向かう人達が一度は訪ねると言われているところで、登山に必要な物資から宿泊施設まで揃っています。
 しかし私達はカトマンズからナムチェバザール近くまでヘリコプターで1時間程移動しただけなのに、すでに息は苦しく軽い耳鳴り。ヘリを降りて眼下にはナムチェバザールの村が見えているのに、酸素が少ないせいで、歩くのも一苦労。私の隣を歩くシェルパと呼ばれる女の子達は、荷物をはしごのように積み重ねて担いでくれているにもかかわらずさっささっさと笑いながら村へと進みます。

 一気に年を取ったような気分にもなりながら、ようやく1時間かけてナムチェバザールまで到着しました(なにせ標高3440m!!)。
 そして宿泊するロッジに到着、みんなが飲むというチベッタンティーを入れてもらったのですが、これが微妙なお味。“ヤク”という牛のようなヤギのような動物のミルクからとったバターにお茶の葉とお湯を混ぜて飲むのですがねぇ。栄養はたっぷりっぽいので元気にはなれます。

 さらにバザールという名の通り、毎週決まった曜日に市場が開かれ多くの物が売り買いされているのですが、そこに行くまでもこの“ヤク”の糞がアチコチに落ちているので、空気の薄さにヘロヘロしながら糞をヨロヨロよけながら進まなくてはいけないのです。お茶を飲んでも体力倍低下……です。
 しかし周りは壮大なヒマラヤ山脈に囲まれているこの景色は絵葉書よりも当然クリアで、エベレストまでの道のりが俄然楽しみになるのです。

 という事で、また今回もエベレストまでは行けず……。
 次回こそエベレストの素晴らしさをお伝えします!!

2007年2月 1日 (木)
忘れられないジャナクプルでの夜

Norikovagabond  さて、ネパール第3弾。
 この冬にヒマラヤ山脈を目指そう! という方、そこに行くまでの過程として楽しんで読んで下さいね! そして全然違う過ごし方をする方もごゆるりとお楽しみ下さい!

 さて、前回からインド国境近くの“ジャナクプル”をお送りしていますが、ここは全体として土の道が主流で車も排気ガスバリバリ、なかなか新鮮な空気感は薄く、気合が必要となります。
 車で移動していて「なんでここがこんなに渋滞するの?」と思うと、その先には牛がどっしりのっさり歩いています。
 そう、ここは人間よりも牛のほうがえらいとされているので「どけどけ〜!」という事にはなりません。丑年(うしどし)の私としては有り難い話です。
 しかし、この新鮮な空気感のなさのひとつにこの牛さん達の糞も相まっているわで……。日々たくましくなるわけです。
 そしてお食事も、カトマンズのようなおしゃれレストランは皆無です。
 テレビ画面がザーザーしている屋台で揚げたようなパンや、異常な色のファンタオレンジ風ドリンクやらを街行く人は買い求めます。
 私達は食事をするためにホテルのレストランへ行くと、「え? お客さん?」みたいな目をした数人の従業員に見られながらも、彼らに頑張って作って頂く事に。
 5人のクルーだったので、みんなで味見が出来るよう数種類のカレーをオーダー。
 今日の出来事を話し、翌日の打ち合わせをし、たわいない話をし、コーディネーターのラ ジャンドラさんの歌を聞き30分経過……。調理場の裏は焦ったように従業員が出たり入ったり……。「まさか、なんにも材料がないんじゃ……」と心配になる程カレーの匂いはまったくせず。
 それでもココの時間で過ごすしかないので待つ事1時間強。ようやく1皿目のカレーが登場。ただでさえお腹が空いているのでこの待ちは、おいしい!の一言に尽きます。そしてここでのカレー生活は昼夜併せて2日間続きます。
 初日以降こちらも利口になり、ロケから戻ったら真っ先に野菜、チキン、エビ等カレーのオーダーを済ませてから部屋に戻り、着替えやら翌日の準備をしてレストランに向かう事にしてみました。すると良いタイミングでお食事を頂けて無駄な時間が省かれる様になりました。

 そんな2日目の夜、例の様に美味しくカレーをほおばっていると、フロントの人が「カトウさんに電話がありました」と伝えに来てくれました。
 普段、ロケに行っても事務所から電話が掛かってくる事はなく(マネージャーも同行しないロケばかりなのに!)「何かしら?」と思いながらも、そのままカレーを食しておりました。
でも周りから「掛けたほうがいいよ〜」とさんざん言われたのでラジャンドラさんに付いて来てもらってフロントで電話をしようとすると、「このホテルは着信専用電話です」との事。
「え? 掛けられないの? ホテルなのに?」と言うと、「街の電話屋さんまでどうぞ」とおっしゃる。
「街の電話屋……」
 そんなシステムに遇った事がなかったので戸惑いながら探すと、街角の小さな店のカウンターに1台の電話が載ったお店がありました。
 そこは、掛けたい電話番号を店の人に伝えてパソコンのような物に入力させてから掛けるという状態。その上システム的にカトマンズに一度掛けてから改めて国際電話につなぐという形っぽく、一度の電話に異常な時間が掛かります。
 取り急ぎマネージャーに電話をすると「お兄さんから電話があって、すぐに実家に電話をするように」との事。こういう電話もロケ中にはなかったのでドキドキしながらまた一から同じ順序で母に電話すると、大好きな叔父が2日前に亡くなったとの事。私達の移動と時差で今まで電話がつながらなかったようでした。
 すぐにマネージャーに電話をしてロケ後のスケジュールを確認し、実家に電話をし……と、もどかしい方法で連絡を取るも、個人の電話持ち時間が15分ぐらいしかなく、遠く離れた距離を痛感。

 その後レストランに戻ると、皆は食事を終えても私の帰りを待ってくれていて、電話での事を伝えると一同は椅子を持って外に向かい、偶然にも満天の星の下、探しあてたお香で叔父の冥福を祈ってくれました。

インド国境の近く、神々がいるといわれるジャナクプルでのこの夜は、すぐに帰るに帰れない悲しい距離とはいえ、反対に優しいなにかに包まれた不思議な夜となりました。

 そしてその叔父への想いも一緒に、いざヒマラヤ山脈はエベレストへと向かうのです。